最終更新日 2025-10-28

鍋島直茂
 ~敵討つ前に夢で狐が笑う妖異譚~

肥前佐賀藩祖・鍋島直茂に伝わる「敵討つ前に狐が笑う夢」の妖異譚。その史実性を検証し、戦国時代の夢や狐の象徴性から、物語が持つ真実の深層を分析する。

藩祖・鍋島直茂と狐の夢:ある妖異譚の深層分析

序章:藩祖・鍋島直茂をめぐる妖異譚の謎

戦国の世、智勇を兼ね備えた武将たちが覇を競う中、肥前佐賀藩の礎を築いた藩祖・鍋島直茂にまつわる一つの逸話が、神秘的な光を放っている。それは『敵を討つ前に夢で狐が笑った』という、まことに奇妙で示唆に富んだ妖異譚である。この物語は、絶体絶命の窮地に立たされた知将が、人知を超えた啓示によって活路を見出し、奇跡的な勝利を掴むという、戦国時代のロマンと神秘性を凝縮したかのような魅力を湛えている。

鍋島直茂(1538年-1618年)は、主君である龍造寺隆信の義弟として数々の武功を重ね、隆信の死後、豊臣秀吉や徳川家康からもその実力を認められ、事実上の国主として肥前を治めた人物である 1 。その冷静沈着な判断力と、時に敵の意表を突く大胆な戦略は、後世長く語り継がれてきた。この「狐が笑う夢」の逸話は、そうした彼の非凡な才覚が、神仏の加護によるものであったことを象徴する物語として、人々の心に深く刻まれてきた。

しかしながら、この魅力的な逸話の探求は、予期せぬ壁に突き当たる。直茂の言行を理想的な武士の姿として詳細に記録し、佐賀藩士の精神的支柱となった書物『葉隠』をはじめとする主要な歴史資料の中に、この物語の直接的な記述を見出すことができないのである。この「記録の不在」こそが、我々の探求の出発点となる。本報告書は、単に逸話の有無を問うに留まらず、なぜこの物語が生まれ、鍋島直茂という人物に結びつけられて語り継がれるに至ったのか、その歴史的、民俗学的、そして心理的な背景を徹底的に分析し、逸話が持つ「物語としての真実」の深層に迫るものである。

第一部:史料の沈黙 — 逸話の典拠を徹底検証する

1-1. 『葉隠』における藩祖・直茂像

逸話の典拠を探る上で、まず検証すべきは佐賀鍋島藩の精神性を最も色濃く反映した書物、『葉隠』である。『葉隠』は、江戸時代中期に佐賀藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士の田代陣基が筆録した全11巻に及ぶ書物であり、藩祖・直茂の言行は、武士道の理想、すなわち「葉隠精神」の源流として随所で回顧されている 4 。歴代藩主の藩政運営においても直茂の事績は重視され、後には神として祀られるに至った 6

『葉隠』には、直茂の具体的な戦略判断、家臣への訓戒、日常の心構えなどが数多く引用されており、その人物像を極めて具体的に描き出している。例えば、敵将であった立花道雪が直茂を「智仁勇の備わった大将」と評したことや 8 、徳川家康との間に深い信頼関係を築いていたことなど 8 、彼の政治的・軍事的な側面が詳細に語られている。

しかし、これほどまでに直茂を藩祖として崇敬し、その言行を詳細に記録している『葉隠』の中に、「狐の夢」のような超自然的な啓示や、彼の神がかり的な側面を直接的に示す逸話は一切見当たらない。この事実は極めて重要である。もしこの逸話が、直茂の重要な意思決定の根幹に関わる出来事として藩内で公式に語り継がれていたのであれば、『葉隠』のような書物が見過ごすはずはないからである。この史料上の沈黙は、この逸話が少なくとも『葉隠』が成立した18世紀初頭の段階では、佐賀藩士の間で共有されるべき「藩祖の正伝」とは見なされていなかった可能性を強く示唆している。

1-2. 鍋島家にまつわる他の妖異譚との比較

「狐の夢」の逸話が公式記録に見られない一方で、鍋島家にはより広く知られた、全く性質の異なる妖異譚が存在する。それが「鍋島の化け猫騒動」である 9 。この物語は、鍋島家が主家であった龍造寺家から実権を奪ったという歴史的経緯を背景に、龍造寺家の怨念が化け猫となって鍋島家に祟りをなすという筋書きを持つ 12

この二つの物語を比較分析することで、それぞれの逸話が持つ機能と性質の違いが鮮明に浮かび上がる。

  • 「鍋島の化け猫騒動」の機能: これは、鍋島家の権力掌握の過程に潜む、いわば「負の側面」や「業」を象徴する物語である。龍造寺高房が江戸で自害を図り、その父・政家も後を追うように亡くなったことで、龍造寺本家が事実上断絶したという史実が、物語にリアリティと悲劇性を与えている 13 。この伝説は、鍋島家の支配の正当性に対する潜在的な問いかけや、旧主家への鎮魂の念が昇華されたものと解釈できる。それは、支配者が背負わなければならない歴史の影を描き出す「負の遺産」の物語なのである。
  • 「狐が笑う夢」の機能: 対照的に、「狐の夢」は、藩祖・直茂個人の先見性や神的な加護を強調する、極めて肯定的な物語である。これは彼の偉業を合理的な知略だけでなく、天命や神託といった超自然的な領域にまで高める役割を担う。つまり、鍋島家の支配の正当性を強化し、藩祖を神格化するための「正の神話」としての機能を持つ。

この比較から導き出されるのは、物語の性質と伝播形式の関係性である。龍造寺家から鍋島家への権力移行という、多くの人々の運命を巻き込んだ「公的」な大事件は、様々な憶測や噂を呼び、「化け猫騒動」のような劇的な物語として広く流布しやすい土壌を持っていた。一方で、「狐の夢」は、戦を前にした直茂個人の内面で起きたとされる、極めて「私的」な体験である。このような性質の逸話は、たとえ事実であったとしても、公式の歴史記録よりも、口伝や後世の創作、あるいは特定の状況を説明するための比喩として語り継がれる中で形作られていった可能性が高い。

したがって、史料に記録が「ない」ことは、逸話が「なかった」ことの絶対的な証明にはならない。むしろ、その物語の性質上、公式記録の網の目からこぼれ落ち、民間の伝承として、あるいは藩祖の偉大さを象徴する物語として、後世に語られるようになった可能性を探るべきなのである。

第二部:逸話の解体新書 — 構成要素の民俗学的分析

「狐が笑う夢」という逸話は、「狐」「夢」「笑い」という三つの象徴的な要素から成り立っている。これらの要素が、戦国時代の日本文化の中でどのような意味を持っていたかを分析することで、逸話の深層に秘められたメッセージを読み解くことができる。

2-1. 「狐」の二面性:神使と妖怪

日本文化において、狐は古来より極めて二面的な存在として認識されてきた。一方では、五穀豊穣や商売繁盛を司る稲荷神の神使(眷属)として神聖視され、人々に福をもたらす存在と考えられていた 14 。特に、神々しい白狐は吉兆の象徴とされることが多い 14

しかしその一方で、狐は人を化かし、幻を見せ、時には命さえ奪う恐ろしい妖怪(妖狐)としても描かれてきた 16 。その狡猾さや神秘的な能力は、人々の畏怖の対象であった。佐賀県内にも、「産婆さんとやこ(野狐)」のような狐にまつわる民話が伝承されており、狐が人々の生活に身近な超自然的存在であったことがうかがえる 17

戦に臨む武将が夢に狐を見た場合、その解釈は極めて重要であった。それは、稲荷大明神からの「勝利の吉兆」を告げる神の使いなのか、それとも油断を誘い、破滅へと導く「凶兆」を示す妖怪なのか。その判断が、武将自身の、ひいては一軍の運命を左右したのである。この逸話における狐は、敵を前にして現れることから、勝利をもたらす神使としての側面が強く意識されていると考えられる。

2-2. 「夢」の戦略的価値:神託と士気

現代において夢は個人の深層心理の表れと解釈されることが多いが、戦国時代の武将たちにとって、夢はそれ以上の意味を持っていた。彼らは夢を、神仏からのお告げや未来を予見する神託として極めて真剣に受け止めていた。その好例として、豊臣秀吉に仕えた猛将・加藤清正の逸話が挙げられる。清正は、自身が見た夢の内容を詳細に記した書状を日蓮宗の寺に送り、その吉凶の判断と祈祷を依頼している 19 。この事実は、夢の解釈が重要な戦略的意思決定の一環であったことを示している。

さらに、夢は単なる個人的な吉凶判断の材料に留まらず、集団の士気を統率するための強力な政治的・軍事的ツールでもあった。特に、兵力差が圧倒的であったり、籠城して兵糧が尽きかけたりといった絶望的な状況において、大将が見たという「吉夢」は計り知れない効果を発揮した。それを家臣や兵たちに語り聞かせることは、「我々の戦いは天に認められている」「神仏の加護が共にある」という強烈なメッセージとなり、兵たちの恐怖を勇気に変え、死地に向かう覚悟を固めさせたのである。

織田信長が桶狭間の戦いの直前に「敦盛」を舞い、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」と謡った行為も 20 、自らの運命に対する絶対的な確信を兵に示すことで士気を極限まで高めるという点で、吉夢を語ることと共通の機能を持つ。鍋島直茂が見たとされる「狐が笑う夢」もまた、彼の冷静な戦略的判断を超えた「神がかり的な何か」の存在を家臣たちに信じさせる上で、この上なく効果的な物語装置となり得たであろう。逸話の真偽は別として、「大将が吉夢を見た」という情報そのものが、戦国時代においては一つの戦略的価値を持っていたことは間違いない。

2-3. 「笑い」の多義性:吉兆と凶兆の分岐点

この逸話の解釈において、最も重要な鍵を握るのが、狐の「笑い」という行為である。この「笑い」をどう解釈するかによって、夢の意味は吉兆にも凶兆にも転じ得る。

  • 解釈A(吉兆としての笑い): 狐が敵陣の方を向き、嘲るように、あるいは確信に満ちて「笑う」。これは、神の使いである狐が、敵の戦略の稚拙さ、指揮官の油断、布陣の欠陥などをすでに見抜いており、味方の勝利が確定していることを示す、この上ない吉兆と解釈できる。
  • 解釈B(凶兆としての笑い): 狐が直茂自身の方を向き、不気味に、あるいは不敵に「笑う」。これは、直茂の側に潜む油断や慢心、あるいは作戦の欠陥に対する警告であり、このまま戦えば破滅するという凶兆と解釈できる。

逸話が「敵を討つ前に」という勝利の文脈で語られる以上、その解釈は明らかに前者、すなわち吉兆としての笑いであったと考えられる。この「笑い」は、単なる漠然とした吉兆を超え、「敵の弱点はここにある」「今こそ攻め時である」という、より具体的で戦術的な神託として機能する。直茂がこれから行おうとする奇策に対し、神的な正当性と成功の保証を与える、極めて強力な象徴的行為なのである。

第三部:主人公の適格性 — なぜ鍋島直茂だったのか

数多いる戦国武将の中で、なぜこの「狐が笑う夢」の逸話は、鍋島直茂の物語として語り継がれることになったのか。その理由は、彼の人物像と史実上の功績の中にこそ見出すことができる。

3-1. 直茂の人物像と狐のイメージの共鳴

鍋島直茂は、単なる猛将ではなかった。彼の真骨頂は、その卓越した知略にあった。その知謀の深さは、敵将からも畏敬の念を抱かれるほどであった。天正十三年(1585年)、筑後を攻めていた大友家の名将・立花道雪は、直茂の堅い守りを前にして、「ああ、天晴れ鍋島は智仁勇の備わった大将である。私が長年知恵を絞って謀ろうとしても、決してやすやすとは謀らせはしない」と深く嘆息したと伝えられている 8

この「容易に本心を見せず、深い知略で敵を翻弄する」という直茂の人物像は、神秘的で、時に狡猾でさえあり、そして神の使いとして未来を見通す力を持つとされる「狐」の文化的イメージと、驚くほど強く共鳴する。後世の人々が、直茂の神がかり的とも言える戦術や政略を理解しようとする時、その背後に「狐」のような超自然的な存在の助言や導きを想像することは、ごく自然なことであった。直茂の知謀が人知を超えていると感じられた時、人々はそれを説明するために「狐」という最も相応しい比喩を見つけ出したのである。

3-2. 史実における「奇策」と逸話の接続点

この逸話が単なる空想の産物ではなく、史実と深く結びついている可能性を示唆する、格好の歴史的舞台が存在する。それが、永禄十三年(元亀元年、1570年)に起こった「今山の戦い」である。

この戦いで、龍造寺隆信の軍勢は、大友宗麟の弟・大友親貞が率いる数万とも言われる大軍によって佐賀城(村中城)を包囲され、絶体絶命の窮地に陥った 21 。兵力差は圧倒的であり、城内の重臣たちの間では降伏論が主流となっていた。この誰もが敗北を覚悟した状況で、ただ一人、徹底抗戦を主張し、乾坤一擲の奇策を進言したのが、当時まだ鍋島信生と名乗っていた直茂であった。その策とは、闇夜と濃霧に紛れて精鋭部隊を率い、敵の本陣を直接急襲するという、極めて大胆な「夜襲」であった 21

この作戦は、常識的に考えれば無謀としか言いようのないものであった。しかし、結果は誰もが予想しなかった奇跡的な大勝利に終わる。夜襲は完璧に成功し、油断していた大友軍本陣は大混乱に陥り、総大将の大友親貞は討ち死にした。総大将を失った大友軍は総崩れとなり、龍造寺家は滅亡の危機から脱したのである。

この今山の戦いこそが、「狐が笑う夢」の逸話が生まれる、あるいは後から結びつけられるのに、最も相応しい歴史的瞬間であると言える。

  1. 状況の絶望性: 常識的な判断では、もはや勝ち目はない。
  2. 直茂の特異な判断: 周囲の全ての反対を押し切り、極めてハイリスク・ハイリターンな「夜襲」という奇策を断行する。
  3. 結果の奇跡性: 誰もが予想しなかった完璧な大勝利を収める。

後世の人々がこの劇的な勝利を語り継ぐ時、必然的に一つの問いが生まれる。「なぜ直茂だけが、あの絶望的な状況で、夜襲という作戦に絶対の自信を持つことができたのか?」と。その問いに対する最もドラマチックで、かつ説得力のある答えこそが、「人知を超えた啓示、すなわち神の使いである狐が敵の油断を笑って教える夢を見たからだ」という物語なのである。今山の戦いにおける直茂の常人には理解しがたいほどの洞察力と胆力が、伝説を生み出すための格好の「空白」を提供した。史実の奇跡が、それを説明するための神話を呼び寄せたと言っても過言ではないだろう。

第四部:逸話の情景再現 — 歴史的想像力による再構築

本章は、「リアルタイムな会話内容」や「その時の状態」を時系列で知りたいというご要望に最大限応えるための試みである。前述の通り、この逸話に関する直接的な史料は存在しない。したがって、ここに記す情景は、今山の戦いをめぐる史実と、戦国時代の武将の心理や慣習に関する知見に基づいた、あくまで 歴史的・文学的な再構築 である。もし、あの夜、逸話が現実のものとなったとすれば、それはどのような光景であっただろうか。

舞台:元亀元年(1570年)夏、今山の戦い前夜。数万の大友軍に包囲された佐賀城内。

4-1. 【夜半・軍議】絶望と沈黙

佐賀城の一室。灯明の揺れる光が、集まった重臣たちの疲弊しきった顔を映し出している。空気は鉛のように重い。

偵察から戻った足軽頭が、かすれた声で報告する。「申し上げます。城を囲む大友の兵、なおも増え続けておりまする。その数、およそ六万…」。別の将が力なく続く。「城内の兵糧も、もってあと数日かと…」。

重苦しい沈黙が場を支配する。やがて、龍造寺家の一門衆の一人が、意を決したように口を開いた。「もはや、これまでかと存じます。隆信様には、民と兵の命を救うため、ご降伏をご決断いただくべきでは…」。その言葉に、何人かが静かに頷く。主君である龍造寺隆信は、熊と恐れられた猛将の面影もなく、ただ固く目を閉じ、苦渋の表情を浮かべている。

その中でただ一人、義弟の鍋島信生(直茂)のみが、広げられた地図を射抜くような目で見つめ、静かに沈黙を守っていた。彼の心の中では、すでに常人には思いもよらぬ策が練り上げられていた。

4-2. 【深夜・仮眠】狐の夢

軍議が終わり、自室に戻った直茂は、甲冑を緩めることもなく、僅かな仮眠をとるために床几に腰を下ろした。疲労困憊のはずの体は、しかし不思議と冴え渡っている。

どれほどの時間が経ったか。深い闇の中、直茂はふと何かの気配を感じて目を開けた。そこは自室ではなく、見知らぬ野原であった。月光が、まるで舞台の照明のように一筋の光を投げかけている。その光の中心に、一匹の狐が静かに座っていた。雪のように白い毛並みは、闇の中で淡く輝いている。

狐は言葉を発しない。ただ、ゆっくりと顔を上げると、城外に広がる大友の本陣がある方角をじっと見つめた。その目は、全てを見通しているかのように鋭く、そしてどこか面白がっているようにも見えた。次の瞬間、狐はその口の端をゆっくりと歪め、人間のように**「にやり」**と笑った。それは、愚かな獲物を見つけた狩人のような、絶対的な確信に満ちた嘲りの笑みであった。その笑みを最後に、白い狐の姿はすっと闇に溶け、直茂は現実の世界に引き戻された。

4-3. 【払暁・決断】夢の解釈と進言

直茂は跳ね起きるようにして体を起こした。額に汗一つかいていない。心は、嵐の後の湖面のように静まり返っていた。夢の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。あの狐の笑みは、間違いなく神のお告げである。

彼はすぐに隆信の寝所へ参じ、二人きりになることを求めた。

直茂: 「兄上、夜分に失礼仕ります。今宵、まことに奇妙な夢を見ました故、ご報告に上がりました」

隆信: 「…夢だと? この期に及んで、呑気なことよ。申してみよ」

直茂: 「はっ。夢枕に、一匹の白狐が立ちまして。かの狐、城外の大友本陣の方角を向き、ただ一言も発しませぬ。されど、確かに、笑っておりました。あれは、敵の油断と驕りを嘲る笑み。稲荷大明神が、我らに勝利ありと示されたに違いありませぬ」

隆信: 「…狐が、笑うたか。信生、そなた、正気か」

直茂: 「これ以上ないほど正気にございます。故に、策がございます。今宵、この深い霧に紛れて精鋭を率い、大友親貞の本陣を急襲いたします。神仏が我らに味方しておる今この時を逃して、他に勝機はございません。この信生にお任せ下され!」

直茂の双眸には、狂気とも見えるほどの強い光が宿っていた。その気迫に押され、隆信はついに頷いた。

4-4. 【出陣前・鼓舞】士気の高揚

夜襲のために選抜された決死隊数百名が、城の裏門に集結していた。兵たちの顔には、死の覚悟と隠しきれない恐怖の色が浮かんでいる。その前に、直茂は静かに立った。

直茂: 「者ども、よく聞け。今宵の戦、恐れることはない。昨夜、わしは神の使いを見た。白き狐様が、油断しきった敵の愚かさを、腹の底から笑っておられたわ。勝利は我らの手にあるとのお告げじゃ。我らは神の兵、天命を果たすのみ! ただ、このわしに続け!」

その力強い言葉は、兵たちの心に突き刺さった。大将が見たという吉夢。それは、暗闇の中の一条の光であった。彼らの目から恐怖が消え、代わりに決死の覚悟と、かすかな希望の光が宿った。

4-5. 【勝利】夢のお告げの成就

結果は、歴史が示す通りである。直茂率いる決死隊は、濃霧の中を音もなく進み、完全に油断していた大友本陣に突入した。陣中は大混乱に陥り、総大将・大友親貞はなすすべもなく討ち取られた。龍造寺軍は、奇跡としか言いようのない大勝利を収めたのである。

朝霧が晴れ、陽光が佐賀の地を照らし始めた頃、城に戻った直茂は、東の空を静かに見上げた。そして、あの夢の中の白い狐に、心の中で深く感謝したことであろう。

結論:語り継がれるべき「物語」としての真実

鍋島直茂の「狐が笑う夢」の逸話は、現時点の史料調査においては、その存在を直接的に証明することはできない。しかし、この事実は、この物語が持つ価値を何ら損なうものではない。むしろ、史実の記録を超えた領域に、この物語の「真実」は存在するのである。

この逸話の本質は、鍋島直茂という武将が持つ、 卓越した戦略眼と、常人には理解しがたいほどの冷静沈着さ、そして絶望的な状況を覆す比類なき胆力 を、後世の人々が理解し、語り継ぐために生み出した、最も優れた**「比喩(メタファー)」**であると言える。彼の洞察力は、まるで神の使いである狐が未来を見通すかのように、敵の弱点を的確に見抜き、常人には見えない勝機を掴み取った。その人知を超えた能力を説明するために、「狐の夢」という超自然的な物語が必要とされたのである。

特に、今山の戦いにおける奇跡的な勝利は、彼の知将としての評価を決定づけた。この史実の劇的な展開が、伝説を生むための完璧な土壌となった。史実の記録が伝える「智将・鍋島直茂」の姿に、この逸話は「神に愛された武将」という神秘的なオーラを付け加える。それは、佐賀藩の藩祖を神格化し、日峯明神として祀っていく後世の顕彰活動 6 の中で、必然的に求められた「神話」であったのかもしれない。

結論として、「狐が笑う夢」は、歴史的事実そのものではない可能性が高い。しかし、それは鍋島直茂という人物の偉大さを象徴し、史実の行間を埋める「もう一つの真実」として、今なお我々を魅了し続けるのである。

引用文献

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  2. 鍋島直茂 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%8B%E5%B3%B6%E7%9B%B4%E8%8C%82
  3. 鍋島直茂像 - 文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/173771
  4. 葉隠 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E9%9A%A0
  5. 鍋島 直茂 - 株式会社 学陽書房 |「信頼」「斬新」「面白い」を実現する! https://www.gakuyo.co.jp/book/b175489.html
  6. 第80回展 藩祖鍋島直茂公と日峯社展 https://www.nabeshima.or.jp/main/3298.html
  7. 鍋島直茂公没後400年記念 「藩祖鍋島直茂公と日峯社」 - 佐賀市観光協会 https://www.sagabai.com/main/?cont=event&eid=45938
  8. 戦国浪漫・面白エピソード/名言集・鍋島直茂編 - M-NETWORK http://www.m-network.com/sengoku/sen-epnn.html
  9. 化け猫 日本の歴史 雑学の世界 https://widetown.cocotte.jp/japan_den/japan_den178.htm
  10. 化け猫 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E3%81%91%E7%8C%AB
  11. 城に眠る伝説と謎 【佐賀城】化け猫になった龍造寺家の怨念 - 城びと https://shirobito.jp/article/167
  12. 鍋島猫化け騒動 - さがの歴史・文化お宝帳 https://www.saga-otakara.jp/search/detail.html?cultureId=2489
  13. 鍋島騒動 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%8B%E5%B3%B6%E9%A8%92%E5%8B%95
  14. 神の使い「稲荷」 日本文化と信仰に息づく霊的存在の深層 - note https://note.com/kaneta_kami1478/n/na6bc8db431d1
  15. 稲荷神社とおキツネさん - 日本三大稲荷に数えられる茨城県笠間市の笠間稲荷神社 http://www.kasama.or.jp/history/index3.html
  16. 日本の文化における狐 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%8B%90
  17. 類似事例 - 国際日本文化研究センター | 怪異・妖怪伝承データベース https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/simsearch.cgi?ID=1400071
  18. 佐賀の昔話 https://www2.tosyo-saga.jp/kentosyo/web-mukashibanashi/title.html
  19. 拙者、太閤様の夢を見た…。加藤清正の夢占い。その深層心理を勝手に徹底分析 - 和樂web https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/109501/
  20. 織田信長〜天下統一の夢を合理的・革命的な方法で目指したカリスマ https://www.gltjp.com/ja/directory/item/13097/
  21. 鍋島直茂公を祀るために創建された「松原神社」その魅力をご紹介! - 御朱印帳 https://www.nippoh-goshuin.net/2023/10/23/%E9%8D%8B%E5%B3%B6%E7%9B%B4%E6%AD%A3%E5%85%AC%E3%82%92%E7%A5%80%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E5%89%B5%E5%BB%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%80%8C%E6%9D%BE%E5%8E%9F%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%80%8D/