最終更新日 2025-10-19

真田幸村
 ~城外の陣で味方励ます太鼓叩く~

幸村の太鼓の逸話は史実ではないが、理想のリーダー像を象徴する。絶望的な状況で兵士の心を一つにした、魂の鼓動の物語として語り継がれる。

真田幸村、士気を鼓舞する魂の鼓動 ―「城外の太鼓」伝説の深層分析―

序章:語り継がれる英雄の象徴的場面

日本の戦国時代、数多の武将が星の如く現れては消えていったが、その中でも真田幸村(信繁)という名は、時代を超えて人々の心を捉え、特別な輝きを放ち続けている。彼の名を不滅のものとしたのは、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣における壮絶な戦いぶりである。特に、絶望的な戦況の中、総大将たる幸村自らが城外の陣にて太鼓を打ち鳴らし、地に落ちた兵たちの士気を天まで届くほどに奮い立たせたという逸話は、彼の英雄譚の中でも際立って象徴的な場面として語り継がれている。

この情景は、単なる戦闘記録の一コマではない。それは、敗北を目前にした男たちが、一人の指揮官の魂の鼓動によって再び立ち上がるという、極めて凝縮されたドラマである。なぜこの「太鼓を叩く」という行為が、真田幸村という武将のイメージとこれほどまでに強く結びついているのか。それは、この逸話が史実であるか否かという一点のみで語られるべき問題ではない。

本報告書は、この「城外の陣で味方励ます太鼓叩く」という特定の逸話に焦点を絞り、その歴史的信憑性を探ると同時に、それが生まれた文化的・歴史的背景、物語の核となる「陣太鼓」という道具が持つ象徴性、そしてその音が人の心理に与える根源的な影響を多角的に分析するものである。史実か創作かという二元論的な問いを超え、なぜこの「物語」が生まれ、我々の心をかくも強く惹きつけるのか、その深層に存在する文化的記憶の構造を解き明かすことを目的とする。

第一部:逸話の舞台 ― 大坂の陣、極限の戦場

この逸話が持つ劇的な力を理解するためには、まずその舞台となった大坂の陣、とりわけ夏の陣における豊臣方が置かれていた、絶望という言葉以外に表現のしようがない状況を正確に把握する必要がある。

1-1. 豊臣方の絶望的状況

慶長20年5月、大坂夏の陣の火蓋が切られた時点で、豊臣方の敗色は誰の目にも明らかであった。徳川方は全国の大名を動員し、その軍勢は15万人を超えていたのに対し、豊臣方は浪人衆を中心に寄せ集めた約8万人 1 。兵力において、すでに倍近い差をつけられていた。

さらに深刻だったのは、物理的な防御力の喪失である。前年の冬の陣の後、和睦の条件として大坂城は外堀と二の丸、三の丸の堀を埋め立てられ、難攻不落を誇った巨城はその防御機能のほとんどを奪われていた 1 。もはや籠城は不可能であり、豊臣方の諸将に残された選択肢は、城外での野戦に打って出ることであった。それは、広大な平野で圧倒的な兵力差を持つ敵と正面からぶつかることを意味し、戦術的には極めて無謀な賭けであった。

加えて、豊臣方の指揮系統は必ずしも一枚岩ではなかった。総大将である豊臣秀頼の出陣が遅れ、諸将の間に焦りと不信が渦巻いていた可能性も指摘されている 2 。兵士の多くは、関ヶ原の戦い以降、主家を失い、太平の世から取り残された浪人たちであった。彼らは豊臣家の恩義と再興の夢に賭けて馳せ参じたものの、連日の戦闘と絶望的な戦況は、その心身を確実に蝕んでいた。疲労は極限に達し、士気は地に落ち、陣中には重苦しい敗戦の予感が霧のように立ち込めていたのである。

1-2. 真田幸村の覚悟

このような状況下で、真田幸村自身がどのような精神状態にあったのか。彼が親族に宛てた手紙が、その覚悟を雄弁に物語っている。彼は姉の嫁ぎ先に送った書状の中で、「一日先は分からないので、私達のことは、この世にいない者と思って欲しい」という趣旨の一文を記している 1 。これは、自らの死、そして豊臣方の敗北を冷静に予期していたことの証左である。

関ヶ原の戦いで西軍に与した父・昌幸と共に九度山へ流され、十数年もの長きにわたる蟄居生活を強いられた幸村 2 。彼にとって、豊臣秀頼からの招聘に応じて大坂城へ入城することは、武士としての最後の花道を飾るための決断であった。徳川家康からの破格の条件での引き抜きを断固として断ったという逸話が示すように、彼の戦いは利害を超えた「義」と「武士の意地」に殉じるためのものであった 2

つまり、太鼓の逸話が生まれる背景には、物理的にも精神的にも極限まで追い詰められた軍勢と、自らの死を覚悟の上で最後の戦に臨む一人の指揮官の姿があった。通常の采配や論理的な命令では、もはやこの沈みゆく船の運命を覆すことはできない。兵士たちの心に巣食う絶望という内なる敵を打ち破るためには、常軌を逸した、魂に直接響くような劇的な行動が必要不可欠だったのである。この極限の舞台設定こそが、「大将自らが太鼓を叩く」という非凡な物語を生み出すための、必然的な土壌となっていた。

第二部:魂を揺さぶる音 ― 戦国時代における陣太鼓の役割と象徴性

逸話の中心に据えられている「太鼓」は、単なる楽器や道具ではない。日本の文化、特に戦国の世において、それは多層的な意味を持つ極めて重要な装置であった。幸村の行動を深く理解するためには、陣太鼓が持つ二つの側面、すなわち「統率の音」としての物理的機能と、「精神の音」としての象徴的役割を解き明かす必要がある。

2-1. 道具としての陣太鼓 ― 「統率」の音

戦国時代の広大で混沌とした戦場において、部隊間の意思疎通は勝敗を分ける死活問題であった。拡声器も無線もない時代、遠くまで響き渡る音は、指揮官の意思を前線の兵士に伝えるための最も有効な手段であった。陣太鼓は、法螺貝や陣鐘(じんがね)と共に、軍勢の進退、すなわち進軍、後退、集合などを知らせるための重要な信号伝達装置として用いられた 4

太鼓の打ち方には厳密な決まりがあり、そのリズムや速さによって意味が異なっていた。例えば、力強く連続して打たれる「掛かり太鼓」は突撃の合図であり、その音を聞いた兵士たちは一斉に敵陣へと向かった。このように、陣太鼓の音は兵士たちに具体的な行動を指示する「命令」そのものであり、その響きは指揮官の意志が戦場全体に拡張されたものであった。それは、軍団という巨大な生命体を動かすための、神経信号に等しい役割を担っていたのである。

2-2. 象徴としての太鼓 ― 「精神」の音

一方で、太鼓の歴史は軍事利用よりもはるかに古く、その起源は神事や呪術的な儀式にまで遡る。古代の日本人にとって、天を震わせる雷鳴は神の意志の現れであり、太鼓はその雷鳴を地上で模倣するための神聖な楽器であった 7 。そのため、太鼓の音は神に祈りを届け、悪霊や災厄を祓い、豊作や雨を乞う力を持つと信じられてきた 8

この宗教的・呪術的な側面は、戦場という極限の空間においても色濃く反映された。合戦の開始時に打ち鳴らされる太鼓は、単なる信号を超え、軍神の加護を祈り、自軍の士気を鼓舞し、そして敵の戦意を挫くための神聖な儀式としての意味合いを帯びていた。能登に伝わる御陣乗太鼓の伝説では、奇妙な面と海藻を身にまとった村人たちが打ち鳴らす太鼓の音に上杉謙信の軍勢が恐れおののき、戦わずして退散したとされている 10 。これは、太鼓の音が物理的な戦闘力を超えた、精神的な影響力を持つと信じられていたことを示す好例である。

2-3. 逸話における太鼓の二重性

真田幸村が太鼓を叩いたという逸話の独創性は、この陣太鼓が持つ「統率」と「精神」という二つの側面を、一人の武将の行動を通じて完璧に融合させた点にある。彼が撥を振り下ろすとき、それは兵士たちに「突撃せよ」という最後の 命令 を伝えている。しかし同時に、その一心不乱な姿と魂を込めた響きは、兵士たちの心に巣食う絶望を祓い、勝利への渇望を呼び覚ます 祈り そのものとなっている。幸村は、軍団を率いる指揮官であると同時に、その魂を鼓舞する祭司(シャーマン)の役割をも一身に担っているのである。

この「武将」と「神性」の結合という物語の構造は、他の戦国武将の伝説にも見られる普遍的なパターンである。例えば、甲斐の武田信玄は、軍神・諏訪明神の化身とされ、その神威が宿るとされる「諏訪法性の兜」を戦場での象徴とした 11 。信玄の兜が視覚的な象徴であるとすれば、幸村の太鼓は聴覚に訴える象徴である。いずれも、稀代の英雄を単なる人間以上の、超自然的な力を借りて奇跡を起こす特別な存在へと昇華させるための、極めて効果的な「物語装置」として機能している。

側面

役割・機能

逸話における意味

軍事的・物理的側面

軍勢の進退を司る信号伝達

兵士たちに「戦え」という具体的な 命令 を伝える

宗教的・精神的側面

神意を伝え、場を清める呪術的儀式

兵士たちの絶望を払い、闘争心を呼び覚ます 祈り となる

第三部:史実と創作の狭間で ― 逸話の典拠を探る

この劇的な逸話は、果たして歴史的事実なのであろうか。その典拠を探る旅は、我々を史実と創作が複雑に絡み合う、江戸時代の庶民文化の世界へと誘う。

3-1. 一次史料における不在

結論から言えば、『大坂陣物語』をはじめとする同時代の一次史料や、比較的信頼性が高いとされる江戸初期の編纂物の中に、真田幸村が自ら城外の陣で太鼓を叩き、士気を鼓舞したという直接的かつ具体的な記述を見出すことは、現時点では極めて困難である。もちろん、「記録の不在」が「事実の不在」を直ちに証明するわけではない。しかし、これほど劇的で象徴的な出来事であれば、何らかの形で記録に残されていても不思議ではない。この「記録の不在」という事実は、逸話の起源を考察する上での重要な出発点となる。

3-2. 英雄譚の源流 ― 江戸時代の講談と軍記物語

では、この逸話はどこから来たのか。その源流は、江戸時代に庶民の間で爆発的な人気を博した大衆芸能「講談」や、『真田三代記』『難波戦記』といった実録体小説にある可能性が極めて高い 2 。これらの物語は、史実を骨格としながらも、聴衆や読者を魅了するための大胆な脚色や創作がふんだんに盛り込まれていた。

特に『真田三代記』は、幸村を神算鬼謀の智将として描き、地雷火を用いて徳川の大軍を翻弄したり、大坂城落城後も豊臣秀頼を奉じて薩摩へ落ち延び再起を図るなど、史実とは異なるエンターテインメント性の高い展開で人気を博した 15 。こうした物語の中で、真田幸村は単なる歴史上の人物ではなく、巨大な権力である徳川幕府に一矢報いた反骨の英雄として偶像化されていった。

江戸時代の庶民にとって、徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めた幸村の姿は、いわゆる「判官贔屓」の格好の対象であった。武士階級による支配の下で暮らす人々は、権力に屈しない英雄の物語に、自らの鬱屈した感情を投影し、喝采を送ったのである 16 。「城外の太鼓」の逸話は、こうした英雄像をより一層輝かせ、その悲劇性を際立たせるために、物語の作り手たちによって創出された、極めて優れた創作エピソードである可能性が考えられる。

3-3. 伝説の増幅装置 ― 錦絵・歌舞伎との連携

講談で語られ、書物で読まれた英雄の物語は、やがて当代随一の娯楽であった歌舞伎の舞台で演じられ、さらにそのクライマックスシーンは「錦絵(浮世絵)」として大量に生産・消費された。この講談、歌舞伎、錦絵という、いわば江戸時代の「メディアミックス」とも呼べる連携が、幸村の伝説を庶民の間に広く、そして深く浸透させる強力な原動力となった 18

実際に、大坂の陣における幸村の奮戦を描いた錦絵は数多く残されている 22 。歌川芳虎や月岡芳年といった人気絵師たちが描いた、赤備えの鎧を身にまとい、馬上から采配を振るう幸村の姿は、人々の脳裏に英雄の視覚的イメージを鮮烈に焼き付けた。これらの錦絵は、現代におけるプロマイドやポスターのような役割を果たし、物語の感動を人々の手元に残すことを可能にしたのである。

この文化的土壌を考えれば、「太鼓を叩く」という行為がなぜ物語の装置として選ばれたのか、その理由が浮かび上がってくる。それは、第二部で分析したように、太鼓が持つ「統率」と「精神」の二重の象徴性を内包しているだけでなく、聴覚に訴える講談や、視覚的な見得が重要な歌舞伎において、極めて「映える」ドラマチックな行為だったからである。釈台を張り扇で叩きながらリズミカルに語る講談師にとって、太鼓の響きは物語の緩急をつける絶好の小道具となる。静から動へと転じる劇的な場面を演出する上で、これほど効果的な音はない。物語の作り手たちは、英雄・幸村を最も効果的に表現するための「最適な物語装置」として、太鼓を選び出したのである。この逸話は、史実の記録ではなく、徳川支配下の世にあって権力に屈しない英雄を求める大衆の「文化的渇望」が生み出した、「願い」の記録なのだ。

第四部:伝説の再構成 ― ある夜の情景(時系列による物語的描写)

この章は、厳密な史実の再現を試みるものではない。これまでの分析に基づき、講談や軍記物語が描き出したであろう情景を、ユーザーの要望に応える形で文学的に再構成する試みである。それは、記録には残されなかったかもしれないが、人々の心の中で確かに鳴り響いた、魂の鼓動の物語である。

宵の刻:沈黙と疲弊

慶長20年5月6日、夜。大坂城の南、茶臼山にほど近い真田勢の陣営は、深い沈黙に包まれていた。昼間の激戦で空に立ち上っていた硝煙の匂いは、夜の湿った空気に溶け、今はただ鉄と血の匂いだけが生々しく漂う。天からは無情の雨が降りしきり、足元はぬかるんで一歩進むのも億劫だった。点在する篝火が、雨に濡れた兵たちの顔をぼんやりと照らし出す。その顔には、疲労と、それ以上に濃い不安の色が刻み込まれていた。

鎧の擦れる音、馬のいななき、そして時折交わされる低い囁き声だけが、陣中の音の全てだった。

「明日は、いよいよ決戦か…徳川方は十五万と聞く。我らでどうにかなるものか」

「兄は東軍にいる。この戦が終われば、どちらかが死ぬことになるのだな…」

「我らが誇るこの赤備えも、今となっては死に装束よ。冥土への道行きを派手に見せるためのな」

絶望と諦めが入り混じった言葉が、まるで冷たい雨のように兵士たちの心を濡らしていく。誰もが明日訪れるであろう死を予感し、その重圧に押し潰されそうになっていた。

深夜:響き渡る最初の鼓動

雨脚が弱まり、全ての音が闇に吸い込まれたかのような静寂が訪れた、まさにその時であった。

ドン…

突如として、陣の中央から太鼓の音が一つ、響き渡った。それは合戦の開始を告げる性急な乱打ではない。ゆっくりとした、しかし腹の底まで震わせるような、重く、荘厳な一打ちであった。

兵士たちは驚きにはっと顔を上げた。互いの顔を見合わせ、その目に「何事か」という問いを浮かべる。「夜襲か?」「何の合図だ?」。陣に一瞬で緊張が走る。しかし、太鼓の音は、焦りや乱れを一切感じさせない、規則的で落ち着いたリズムを刻み始めた。

ドン…ドン…ドン…

それはまるで、巨大な生き物の心臓の鼓動のようだった。一つ一つの響きが、兵士たちの不安な胸のざわめきを鎮め、その意識を音の源へと引きつけていく。

暁へ:魂の共鳴

何事かと集まってきた兵士たちの人垣が、自然と左右に割れていく。そして彼らは、その中央で信じられない光景を目にすることになる。

陣の中央に据えられた大太鼓の前に、仁王立ちになっているのは、総大将・真田左衛門佐幸村その人であった。兜は脱ぎ、月代を露わにしている。その手には太い撥が握られ、一心不乱に振り下ろされていた。その表情は、明日の決戦を見据えるかのように険しく、しかし瞳の奥には、決して揺らぐことのない静かな炎が宿っていた。

幸村は、一打一打に己の全霊を込めるかのように、全身を使って太鼓を打っていた。そのリズムは次第に熱を帯び、速さを増していく。それはもはや単なる音ではなかった。それは幸村の魂の叫びであり、兵士たちへの無言の檄であった。「まだ終わってはいない」「我らは武士ぞ。最後まで戦い抜くのだ」「この真田幸村、お前たちと共にあるぞ」と。

言葉は、一つもなかった。ただ、その音だけが、何千の言葉よりも雄弁に兵士たちの魂に語りかけていた。

最初は呆然と立ち尽くしていた兵士たちの目から、次第に諦めの色が消えていくのが分かった。太鼓の響きが、冷え切った体に再び熱い血を通わせ、泥と絶望の中に埋もれかけていた武士としての誇りと闘志を、地の底から呼び覚ましていく。

誰かが、嗚咽を漏らした。それはやがて、獣のような雄叫びに変わった。「おおおおっ!」。一人の声が、呼応するように次々と伝播し、数千の兵士たちの鬨の声となって夜明け前の空を震わせた。幸村の叩く太鼓の音と、兵士たちの雄叫びが完全に一つに共鳴し、それはもはや徳川の大軍さえも圧倒するほどの、凄まじい気迫の塊となっていた。

雨は、いつの間にか上がっていた。東の空が、血のように赤く染まり始めていた。

第五部:共鳴の科学 ― リズムがもたらす集団心理への影響

この逸話が描く、一人の男が叩く太鼓の音によって数千の軍勢の士気が劇的に高揚するという現象は、単なる物語上の奇跡として片付けることはできない。それは、現代の心理学や脳科学の知見によって、そのメカニズムを説明することが可能な、人間の根源的な性質に根差した現象なのである。

5-1. 同調効果とエントレインメント

物理学において、異なる周期を持つ振り子が同じ壁にかかっていると、やがてその揺れが同期していく現象がある。これと同様の現象が、人間の集団においても起こることが知られている。特に、音楽や太鼓のような強力で周期的なリズムを共有すると、人々の行動や感情、さらには脳波までがそのリズムに引き込まれるように同調(シンクロ)していく。これは「エントレインメント(引き込み現象)」と呼ばれる 26

戦場という極限状態において、兵士たちはそれぞれが恐怖、不安、疲労といった負の内的なリズムに支配されている。幸村が打ち鳴らした太鼓の力強く規則的なリズムは、これらの個人的でバラバラなリズムをいわば上書きし、集団全体を一つの大きなリズムで支配する。兵士たちの心臓の鼓動は太鼓のリズムと共鳴し、呼吸は整い、脳波さえもが同期していく。これにより、個々の兵士は一つの巨大な生命体の一部として機能し始めるのである。

5-2. 一体感の醸成と脱個人化

リズムの同調は、集団内の絆を深め、極めて強力な一体感(集団凝集性)を生み出す効果がある 29 。共に同じリズムを感じ、体を動かし、声を上げることで、「自分」という個の意識は希薄になり、「我々」という集団意識が前面に出てくる。この「脱個人化」と呼ばれる心理状態は、個人の恐怖心や理性的な損得勘定を麻痺させ、集団の目的のためには自己犠牲的な行動さえも厭わないという、高揚した精神状態を生み出す。

幸村の太鼓は、言葉による論理的な説得を超えて、兵士たちの身体と情動に直接働きかけることで、この強力な一体感と高揚感を瞬時に作り出したと分析できる。それは、「死ぬな」と命令するのではなく、「共に生き、共に死のう」という無言のメッセージを、リズムを通じて兵士たちの身体の奥深くに刻み込む行為であった。江戸時代の物語の作り手たちは、脳科学の知識を持たなかったにもかかわらず、リズムが集団の心に与えるこの絶大な効果を、経験的かつ直感的に理解していたのである。この逸話が時代を超えて我々の心を打つのは、それが単なる空想の産物ではなく、人間の普遍的な心理メカニズムに根差した「真実」を描いているからに他ならない。

さらにこの逸話は、リーダーシップの本質についても深い示唆を与えている。真のリーダーシップとは、単に論理的な戦略を提示し、的確な命令を下す能力だけを指すのではない。部下の感情に深く寄り添い、共有された一つのリズム(それはビジョンであり、情熱であり、時には魂の鼓動そのものである)によって、バラバラな個人の集まりを一つの強固な共同体へと変容させる能力にある。幸村の行動は、この「共感的・身体的リーダーシップ」の理想的な姿を、鮮やかに象徴していると言えるだろう。

結論:なぜ我々はこの逸話に惹かれるのか

本報告書を通じて多角的に分析してきたように、「真田幸村、城外の陣で太鼓を叩く」という逸話は、史実としての確証を得ることは困難である。しかし、この物語の真価は、その史実性にあるのではない。

この逸話は、絶望的な状況下にあっても決して諦めることなく、自らが先頭に立って仲間の魂を鼓舞する 理想のリーダー像 を、わずかな情景の中に完璧に凝縮した、極めて優れた**「文化的記憶」**なのである。

それは、陣太鼓という道具が内包する軍事的・物理的な「命令」と、宗教的・精神的な「祈り」という二重の象徴性。徳川の泰平の世にあって、権力に屈しない英雄を渇望した江戸庶民の切なる願い。そして、講談、歌舞伎、錦絵といった当時のメディアを通じて繰り返し語られ、増幅されてきた物語の力。さらには、リズムが人の心に働きかけるという、科学的にも裏付けられた普遍的な心理法則。これら全てが、真田幸村という一人の武将の物語の上で奇跡的に融合して生まれた、美しき結晶なのだ。

史実の真田幸村が、あの日あの場所で太鼓を叩いたか否か。その問いは、もはや些末なことなのかもしれない。この物語は、その問いを超えて、時代を超えた我々に力強く語りかけてくる。逆境に立ち向かう勇気とは何か。人を率いるとは、人の心を動かすとは、本来どういうことなのか。

真田幸村の魂の鼓動は、歴史の記録の中からではなく、我々が語り継ぐ伝説の中で、今なお力強く、そして永遠に鳴り響いているのである。

引用文献

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  2. 真田幸村は何をした人?「大坂の陣の突撃で日本一の兵と称えられて伝説になった」ハナシ|どんな人?性格がわかるエピソードや逸話・詳しい年表 https://busho.fun/person/yukimura-sanada
  3. 真田幸村と大坂の陣 ~名将伝説の嘘(うそ)と実(まこと) http://www.osaikikj.or.jp/jyukunen/sub130x27x06.htm
  4. Itsukushima Shrine: Jindaiko Drum | Search Details https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/en/R1-00510.html
  5. 合戦の兵器 ~旗印・馬標・采配・軍配~/ホームメイト - 刀剣ワールド https://www.touken-world.jp/tips/46107/
  6. 陣太鼓(ジンダイコ)とは? 意味や使い方 - コトバンク https://kotobank.jp/word/%E9%99%A3%E5%A4%AA%E9%BC%93-538300
  7. Timeless Drum 同心協力②~いざ、和太鼓の歴史をめぐる時の旅へ~ by齋英俊 https://wadaiko-sai.com/archives/history/211218
  8. 雨乞い - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A8%E4%B9%9E%E3%81%84
  9. 和太鼓の歴史:縄文から令和までの和太鼓史 https://magazine.wadaiko-kohasu.com/japanese_drum/334/
  10. 上杉謙信を撃退!?迫力満点の石川県指定無形文化財「御陣乗太鼓」(ごじんじょうだいこ)【輪島市】 | のとルネ https://noto-renaissance.net/gojinnjoudaiko/
  11. すわほっしょうのかぶと 諏訪法性の兜 - 歌舞伎演目案内 https://enmokudb.kabuki.ne.jp/phraseology/3471/
  12. 甲冑から見る武田信玄/ホームメイト - 刀剣ワールド https://www.touken-world.jp/tips/10419/
  13. 信玄ゆかりの「諏訪法性兜」特別展示 長野県下諏訪町の諏訪湖博物館 - 全国郷土紙連合 http://kyodoshi.com/article/18140
  14. タケミナカタ - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%82%BF
  15. 真田三代記(さなださんだいき)とは? 意味や使い方 - コトバンク https://kotobank.jp/word/%E7%9C%9F%E7%94%B0%E4%B8%89%E4%BB%A3%E8%A8%98-1169201
  16. 『真田三代記』|感想・レビュー - 読書メーター https://bookmeter.com/books/432241
  17. 幸村の薩摩落ち伝説 https://washimo-web.jp/Report/Mag-Denyukimura.htm
  18. 役者絵(歌舞伎絵)の発展と種類/ホームメイト - 名古屋刀剣博物館 https://www.meihaku.jp/ukiyoe-basic/about-yakusyae/
  19. 知らなかった!歌舞伎と浮世絵の切っても切れない関係がスゴイ! - 和樂web https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/1928/
  20. 歌舞伎と浮世絵の奥深い関係とは?舞台姿などを描いた役者絵で人気になった役者もご紹介! https://aminaflyers.amina-co.jp/list/detail/1653
  21. 歌舞伎と浮世絵/ホームメイト https://www.touken-world-ukiyoe.jp/learn/kabuki-ukiyoe/
  22. 月岡芳年 作 「一魁随筆 真田左ヱ門尉幸村(真田幸村)」(武者絵) - 刀剣ワールド/浮世絵 https://www.touken-world-ukiyoe.jp/mushae/art0016520/
  23. 錦絵 | 上田市立博物館 https://museum.umic.jp/hakubutsukan/collection/item/0008-2.html
  24. 【「真田」の錦絵】 - ADEAC https://adeac.jp/shinshu-chiiki/text-list/d100040-w000010-100040/ht096340
  25. スポット展示 「大坂の陣と真田幸村」(平成29年1月31日終了) - 京都市 https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000214510.html
  26. リズムが合うと馬が合う? ― リズムの効果についての妄想的考察 - note https://note.com/beat_of_success/n/nb6f44f6b60de
  27. 2人の間の発話リズムがそろうと、脳波リズムもそろうことを発見 | 理化学研究所 https://www.riken.jp/press/2013/20130422_2/index.html
  28. 『カズレーザーと学ぶ。』今回のテーマは『集団心理』集団心理の正体!人の群れの中で賢く生きる方法とは? - 日本テレビ https://www.ntv.co.jp/kazu/articles/3115q8tcynhjlyuw6t1w.html
  29. “同調”がお互いの絆を深める(1/2 ページ) - ITmedia ビジネスオンライン https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/1209/07/news029.html
  30. 【同調効果とは?】つい人の意見に合わせてしまう心理、危険性について解説 https://nagoya-hidamarikokoro.jp/blog/entrainment-effect/