最終更新日 2025-06-01

竹中小肩衝

竹中小肩衝

名物茶入「竹中小肩衝」に関する調査報告

序章:名物茶入「竹中小肩衝」とは

「竹中小肩衝(たけなかこかたつき)」は、日本の戦国時代から江戸時代にかけて、武将や茶人たちの間で特に珍重された茶道具の一つです。この茶入は、その名称が示す通り、戦国時代の卓越した軍師として知られる竹中半兵衛重治(たけなかはんべえしげはる)に深く関わるものであり、豊臣秀吉との逸話とともに歴史の表舞台に登場する、極めて重要な名物茶入であります 1 。茶道具の格付けにおいても最高位の一つである「大名物(おおめいぶつ)」に列せられ、日本の茶道史において特筆すべき文化的価値を有しています 1

「竹中小肩衝」は、単なる抹茶を点てるための器物としてのみならず、戦国武将の権威や洗練された審美眼、さらには彼らの間の複雑な人間関係を映し出す鏡のような存在であったと言えます。特に、天下人である豊臣秀吉から、その智謀を高く評価された重臣・竹中半兵衛へ下賜されたという事実は、茶道具が当時の武家社会において、単なる美術品を超えた政治的・個人的なコミュニケーションの媒体としても機能していたことを如実に示しています。戦国時代において、高名な茶道具は一国の城にも匹敵するほどの価値を持つとされ、武将たちはこれを熱心に求め、時には外交の手段や恩賞としても用いました 3 。秀吉のような最高権力者が、その腹心である半兵衛にこのような価値ある品を贈った行為は、単なる褒賞を超え、深い信頼や期待、あるいは自身の権勢を示すといった多層的な意味合いを内包していたと考えられます。

本報告書は、この名物茶入「竹中小肩衝」について、現存する資料に基づき、その名称の由来、茶道具としての分類と格付け、器形と美術的特徴、所有者が変遷した伝来の経緯、そして関連する記録を詳細に検討し、その歴史的かつ美術的な価値を明らかにすることを目的とします。

第一章:「竹中小肩衝」の名称とその由来

竹中半兵衛重治への下賜

「竹中小肩衝」という名称は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将であり、豊臣秀吉の軍師としてその名を馳せた竹中半兵衛重治が、秀吉よりこの茶入を拝領したという事実に直接的に由来しています 1 。この拝領の事実は、近代における茶道史料の集大成とも言える『大正名器鑑』をはじめ、複数の信頼性の高い記録において一致して言及されており 1 、本茶入の来歴を語る上で最も基本的な情報と位置づけられます。

秀吉が数ある名物茶道具の中からこの「小肩衝」を選び、軍師として知略に長けた竹中半兵衛に与えた背景には、単に半兵衛の軍功に対する評価のみならず、彼の人物像や洗練された趣味性を考慮した可能性も考えられます。あるいは、秀吉自身の高度な美意識の表明という側面も否定できません。竹中半兵衛は、その卓越した智謀によって秀吉の天下統一事業に大きく貢献した人物であり、主君からのこのような名器の拝領は、最高の栄誉と見なされました。茶道具の下賜は、当時の武家社会において、家臣に対する恩賞であると同時に、忠誠心を測る手段、さらには文化を共有することによる主従関係の強化といった意味合いも持っていました。比較的小ぶりでありながらも高い品格を備えた「小肩衝」という器形に、半兵衛の知性的で控えめながらも非凡な能力を重ね合わせた秀吉の意図があったのかもしれません。この下賜という行為は、単なる物質的な価値の移転に留まらず、両者の深い関係性や当時の武家社会における文化的な価値観を色濃く反映した出来事であったと言えるでしょう。

命名の背景にある茶道具の価値観

戦国時代において、優れた茶道具、特に「名物」と称される茶入や茶碗は、武将たちの間で極めて高い価値を持つものとして認識されていました。時には一国の領地や城郭にも匹敵すると評価され、武功の恩賞として与えられたり、外交の際の贈答品として用いられたりすることも稀ではありませんでした 3

「竹中小肩衝」という名称自体が、その最初の著名な所有者である竹中半兵衛の名を冠し、さらに器形の特徴である「小肩衝」を組み合わせることで、その茶入の由緒と格を端的に示しています。このような命名法は、茶道具の世界では一般的なものであり、その器物が持つ来歴や美術的特徴を凝縮して伝える役割を果たしました。それは単なる識別名を超え、後世の所有者や鑑定家にとって、その価値を判断する上で重要な指標となったのです。

第二章:分類と格付け

「大名物」としての評価

「竹中小肩衝」は、茶道具の格付けにおいて最高位の一つに数えられる「大名物(おおめいぶつ)」として評価されています 1 。茶道具における「大名物」とは、主に室町時代の東山御物を中心に、千利休の時代以前に名品として選定された、特に由緒が深く貴重な茶器を指す呼称です 1 。この格付けは、江戸時代後期の松江藩主であり、大茶人としても知られる松平不昧(まつだいらふまい)らによって体系化された基準に基づいています 10

「竹中小肩衝」がこの「大名物」の範疇に含められることは、その歴史的な価値と美術的な価値が極めて高く、また伝来の確かさも伴っていることを物語っています。「大名物」という格付けは、単に古い、あるいは美しいというだけでなく、足利将軍家のような高貴な身分の人々や、歴史的に著名な武将・茶人が関与し、茶の湯の歴史の中で特に重要な役割を果たしてきた器物であることを意味します。本茶入がこの評価を得ている背景には、豊臣秀吉から竹中半兵衛へという桃山時代の重要な人物間の移動を経ているという由緒の深さが合致しており、後代の茶書、例えば『東山御物内別帳』、『玩貨名物記』、『古今名物類聚』、そして『大正名器鑑』といった主要な文献に継続して記録され続けていること自体が 1 、その評価の永続性を示しています。したがって、「大名物」という格付けは、製作された当初の価値のみならず、幾多の時代を経て所有者たちの手を渡る中で積み重ねられてきた文化的な重みをも反映していると言えるでしょう。

「漢作唐物」としての位置づけ

「竹中小肩衝」は、その製作地と様式から「漢作唐物(かんさくからもの)」に分類されます 1 。茶道具の分類における「漢作唐物」とは、主に中国の宋時代(960年~1279年)から元時代(1271年~1368年)にかけて製作され、日本に舶載された茶入の中でも、特に土や釉薬の風合い、全体の出来栄えが優れたものを指す用語です 1

この分類から、「竹中小肩衝」は中国大陸で製作された舶来品であり、当時の中国における高度な陶磁器製作技術と洗練された美意識を反映した作品であることが理解されます。宋・元時代の中国の窯業技術、特に釉薬の調合や焼成の管理技術は極めて高い水準にあり、そこで生み出された陶磁器は、周辺諸国へも大きな影響を与えました。「漢作唐物」という分類は、単に中国製であることを示す以上に、当時の日本人が中国の先進文化に対して抱いていた深い憧憬と、舶来品の中から特に優れたものを選び抜くという鋭い審美眼を反映しています。これらの茶入は、日本における茶の湯文化の形成と発展に測り知れない影響を与え、後には日本の陶工たちによる模倣や独自の展開の対象ともなりました。「竹中小肩衝」がこの「漢作唐物」に属することは、その材質や製法自体が価値の源泉であり、日本の茶人によってその美が見出され、高く評価された歴史的経緯を物語っています。

なお、一部の資料 13 に「生産地 日本」との記述が見られますが、これはゲーム関連のデータベース情報であり、他の多数の専門的な茶道具史料や美術史的分類とは矛盾します。「漢作唐物」という分類が、複数の信頼性の高い文献で一貫して示されていることから、本報告では中国製と判断するのが妥当です。

「肩衝」および「小肩衝」としての器形分類

茶入の器形による分類において、「竹中小肩衝」はまず「肩衝(かたつき)」に属し、さらにその中でも比較的小ぶりなタイプである「小肩衝(こかたつき)」として細分類されます 1

「肩衝」とは、茶入の口のすぐ下にあたる肩の部分が、角張って水平に張った形状を指す名称です 14 。その姿は力強く、威厳を感じさせることから、特に武士階級に好まれたと伝えられています 15 。一方、「小肩衝」は、文字通り肩衝の中でも比較的小さなものを指し、その繊細さや凝縮された品位が評価の対象となります 1 。時には、肩の張りがやや控えめで、撫で肩に近い優美な姿を持つものもあり、より柔和な印象を与えることもあります 17

「竹中小肩衝」は、数ある大名物茶入の中でも「最も小形に属する」と明確に記録されており 1 、この小ぶりな点が本品を特徴づける重要な要素の一つです。このことは、雄大さや力強さを主たる特徴とする「大肩衝」とは異なる、洗練された品格や繊細な美意識を求める価値観を反映していると考えられます。単に大きいものが優れているのではなく、全体の均整、釉薬の調子、そして「景色」の妙といった総合的な美術的価値が重視された結果、「小肩衝」でありながら「大名物」という最高の評価を得るに至ったのです。桃山時代から江戸時代初期にかけての茶の湯の美意識が、単なる豪壮さだけでなく、内に秘めた品位や精緻な美をも高く評価していたことを、「竹中小肩衝」の存在は示唆しています。

第三章:器形と美術的特徴

寸法と形状の詳細

「竹中小肩衝」の具体的な寸法については、『大正名器鑑』などの信頼性の高い史料に記録が残されています。それによれば、各部の寸法は以下の通りです 2

  • 高さ:二寸(約6.1センチメートル)
  • 胴径:一寸八分(約5.5センチメートル)
  • 口径:九分(約2.7センチメートル)
  • 底径:九分(約2.7センチメートル)
  • 甑高(こしきだか、口縁から肩までの立ち上がりの部分の高さ):一分二厘(約0.4センチメートル)

これらの数値は、「竹中小肩衝」がその名の通り、全体として小ぶりな茶入であることを明確に示しています。特に高さが約6.1センチメートルというのは、肩衝茶入の中でも小さい部類に属し、「大名物茶入中最も小形に属する」 1 という評価を裏付けています。形状としては、肩は「肩衝」の名にふさわしく程よく張り、胴は丸みを帯びつつも、小ぶりながら全体の均整が巧みに取れた、品格のある姿であったと推測されます。

以下に、「竹中小肩衝」の基本的な情報を表としてまとめます。この表は、「竹中小肩衝」に関する最も核心的な情報を一覧で示すことにより、読者が一目でその概要を把握できるようにすることを目的としています。名称、分類、寸法、製作地、製作年代といったデータは、古美術品、特に茶道具の価値と理解の根幹を成すものであり、これらを整理して提示することは、後の詳細な記述への理解を助け、報告全体の参照性を高める上で非常に有益です。

表1:「竹中小肩衝」の基本情報

項目

内容

典拠 (主要なもの)

正式名称

竹中小肩衝(たけなかこかたつき)

1

分類

大名物、漢作唐物、肩衝、小肩衝

1

寸法

高さ:二寸(約6.1cm)

2

胴径:一寸八分(約5.5cm)

2

口径:九分(約2.7cm)

2

底径:九分(約2.7cm)

2

甑高:一分二厘(約0.4cm)

2

製作地

中国(漢作)

1

製作年代

宋~元時代(推定)

10 (漢作唐物の定義より)

特徴的景色

総体に栗色および小豆色、地肌にぶつぶつと膨れ、釉沢麗しく、肩下の柿金気抜けなど

1

主な旧蔵者

竹中半兵衛重治、今井宗薫、加藤風庵、稲葉十左衛門、姫路藩主酒井家

1

釉調、土味、そして「景色」の鑑賞

「竹中小肩衝」の美術的価値を語る上で欠かせないのが、その釉薬の調子(釉調)、胎土の質感(土味)、そしてそれらが織りなす「景色」の妙です。記録によれば、本茶入は総体的に栗色および小豆色を呈する深みのある釉薬で覆われています 1 。この色調は、漢作唐物の茶入にしばしば見られる落ち着いたものであり、品格を感じさせます。

さらに、地肌には「ぶつぶつと膨れがあるよう」な独特の質感が見られるとされ、釉薬の表面は「釉沢が麗しい」すなわち美しい光沢を湛えていたと伝えられています 1 。このような肌合いは、焼成時の窯の状態や釉薬の性質によって偶然生じるものであり、画一的でない自然な変化が茶の湯の美意識においては高く評価されます。

特に鑑賞上の見所として強調されるのが、「肩下の柿金気抜け(かききんけぬけ)のある景色のおもしろさ」です 1 。これは、肩の下あたりに柿色を帯びた釉薬が薄くかかったり、あるいは部分的に釉薬が抜けて胎土の色が覗いたりすることで生じる変化に富んだ模様を指すと考えられます。「金気」とは鉄分を含む釉薬が焼成によって発色する様子を言い、「抜け」とはその釉薬が薄くなったり途切れたりする部分を指します。このような釉薬の変化は、あたかも山水画を見るかのような深遠な趣を醸し出し、茶人たちはこれを「景色」として愛でました。

「竹中小肩衝」に見られるこれらの特徴、すなわち「ぶつぶつとした膨れ」や「柿金気抜け」といった表現は、単なる物理的な特徴の記述を超えて、自然の作用によって生じた偶然の美を尊ぶ日本の伝統的な美意識を色濃く反映しています。完璧な均一性よりも、むしろ予測不可能な変化や不均一性の中にこそ深い味わいや面白さを見出すという、茶の湯の精神性がここに見て取れます。これらの「景色」は、作り手が完全に意図して生み出せるものではなく、窯の中での偶然の作用が大きく関わります。この偶然性を肯定的に捉え、「面白い」と評価する点に、わび・さびに通じる日本独自の美学が凝縮されていると言えるでしょう。

第四章:伝来

竹中半兵衛重治から姫路藩主酒井家へ

「竹中小肩衝」の伝来は、その価値を物語る重要な要素です。豊臣秀吉から竹中半兵衛重治に下賜された後、この名高い茶入は、安土桃山時代から江戸時代にかけて、数々の著名な数寄者や大名の手に渡りました。記録によれば、竹中半兵衛の後は、堺の豪商であり大茶人としても知られる今井宗薫(いまいそうくん)、そして加藤清正の一族ともされる加藤風庵(かとうふうあん)、さらには稲葉十左衛門(いなばじゅうざえもん)といった人物を経て、最終的には播磨国姫路藩の藩主である酒井家に伝来したとされています 1

近代に入り、『大正名器鑑』が編纂された大正時代(1912年~1926年)には、伯爵酒井忠正(さかいただまさ)氏がこの「竹中小肩衝」を所蔵していたことが明確に記録されています 20 。このように、名だたる武将、当代一流の茶人、そして有力大名家を渡り歩いたという伝来の経緯は、この茶入が一貫して極めて高い価値を認められ、各時代において大切に受け継がれてきたことの何よりの証左と言えます。

各時代の所蔵者と茶入

「竹中小肩衝」を所蔵した各人物や家は、それぞれ当時の社会において重要な位置を占めていました。最初の拝領者である竹中半兵衛は言うまでもなく、その後の今井宗薫は、千利休とも親交が深く、茶の湯の世界に大きな影響力を持った人物です。彼がこの茶入を所持したことは、その美術的価値が初期の段階で既に数寄者の間で高く評価されていたことを示唆します。

その後、武家社会へと移り、加藤風庵、稲葉十左衛門といった武士の手に渡ります。これは、茶の湯が武士階級の重要な教養であり、ステータスシンボルでもあったことを反映しています。そして最終的に姫路藩主酒井家という大名家に伝来したことは、この茶入が単なる個人の所有物を超え、藩の什宝として、あるいは文化財として大切に継承されたことを物語っています。姫路藩酒井家は、代々文化的な関心が高く、多くの美術品や古書籍を収集・伝承してきたことで知られています。「竹中小肩衝」も、そのようなコレクションの中核を成す名品の一つとして遇されたことでしょう。

『大正名器鑑』の時点で酒井忠正伯爵が所蔵していたという事実は、近世を通じて名家によって守られてきたこの茶入の価値が、近代に至っても揺らぐことなく認識されていたことを示しています。

現在の所蔵状況について

提供された資料の範囲では、「竹中小肩衝」の現在の所蔵者や具体的な所在についての明確な情報は確認できませんでした。一部の資料 2 で実業家であり大コレクターとしても知られる益田鈍翁(ますだどんのう)の名が挙がっていますが、これが姫路酒井家所蔵の「竹中小肩衝」と同一のものであるか、また、もし同一である場合に酒井家から益田鈍翁へどのような経緯で移動したのかといった詳細については不明瞭です。特に、資料 2 に記載されている益田鈍翁所蔵とされる茶入の伝来(織田信長→豊臣秀吉→前田利長→徳川将軍家→紀州徳川家→三井家→益田鈍翁)は、本報告の主題である竹中半兵衛由来の「竹中小肩衝」の伝来(豊臣秀吉→竹中半兵衛→今井宗薫→加藤風庵→稲葉十左衛門→姫路藩酒井家)とは大きく異なるため、これらは別の茶入である可能性が極めて高いと考えられます。

したがって、現時点での信頼できる最終的な所蔵記録は、『大正名器鑑』編纂時の姫路藩主酒井家(伯爵酒井忠正氏)であり、それ以降の確実な消息については「不明」とせざるを得ません。歴史的名品の現在の所在が不明となることは決して珍しいことではなく、戦争や自然災害、あるいは所有者の変遷に伴う散逸など、様々な理由が考えられます。「竹中小肩衝」の現在の行方が不明であるとすれば、その追跡自体が今後の茶道史・美術史研究における興味深い課題となり得ると言えるでしょう。

第五章:付属品と記録

仕覆、箱書などの付属品

茶道具の価値は、本体だけでなく、それに付随する仕覆(しふく)、牙蓋(げぶた)、箱、箱書(はこがき)、挽家(ひきや)、御物袋(ごもつぶくろ)といった付属品によっても大きく左右されます。これらの付属品は、茶入を保護する実用的な役割に加え、その格や伝来、さらには歴代所有者の美意識を物語る重要な手がかりとなります。「竹中小肩衝」に関しても、いくつかの付属品が記録されています。

資料 2 によれば、「竹中小肩衝」には、「かつらき切(葛城裂)」や「芝山緞子(しばやまどんす)」といった名物裂(めいぶつぎれ)が用いられた仕覆が付属していたとされます。これらの裂地はそれ自体が貴重な織物であり、これらを用いた仕覆は茶入の品格を一層高めるものでした。また、蓋は象牙製のものが二枚あり、茶入を納める筒型の容器である挽家は鉄刀木(たがやさん)製、外箱は桐の白木で、その蓋裏には歌が記された色紙が貼られていたとあります。さらに、茶地紅梅織袷(あわせ)の御物袋も存在したと記されています。

これらの付属品の質や種類の豊富さは、「竹中小肩衝」がいかに丁重に扱われ、歴代の所有者によって高く評価されてきたかを示すバロメーターと言えます。特に、蓋が複数存在することや、材質の異なる容器、そして箱の蓋裏に歌が記された色紙があるといった事実は、それぞれの時代の所有者がこの茶入を愛蔵し、自らの趣味や教養を反映させながら手を加えてきた証と見なすことができます。これらの付属品は、茶入本体の歴史を補完し、より豊かな物語性を与える重要な要素です。

『大正名器鑑』をはじめとする古記録における記述

「竹中小肩衝」の存在と価値を今日に伝える上で、古記録の役割は極めて重要です。『東山御物内別帳』、『玩貨名物記』、『古今名物類聚』といった古くからの茶書にその名が散見されることに加え 1 、特に近代に編纂された『大正名器鑑』における記述は、本茶入に関する情報を集大成し、後世の研究や評価の基礎となっています 1

高橋箒庵(たかはしそうあん)によって編纂された『大正名器鑑』は、それまでの名物茶入に関する情報を網羅的に収集し、寸法、詳細な実見記、写真、付属品、伝来などを記録した画期的な名物帳です 20 。この書物において、「竹中小肩衝」は「漢作唐物肩衝」の部に収録され 7 、その所蔵者が伯爵酒井忠正氏であること、そしてその由来(羽柴秀吉より竹中重治へ給之)が箱書にも記されていることが明確に示されています 8

このような近代的な学術調査に基づく記録は、古くからの伝承や評価を再確認し、美術品としての客観的な情報を付加するものでした。『大正名器鑑』の記述は、それ以前の茶書の情報を補完し、照らし合わせることで、伝来の信憑性を高め、「竹中小肩衝」の評価を不動のものとする上で大きな役割を果たしたと言えます。20世紀初頭においても、この茶入が依然として最高の価値を持つ名品として認識されていたことを、これらの記録は雄弁に物語っています。

結論:戦国時代の名宝「竹中小肩衝」の価値と現代への継承

本報告では、名物茶入「竹中小肩衝」について、その名称の由来、分類と格付け、器形と美術的特徴、伝来の経緯、そして関連する付属品や記録を詳細に検討してまいりました。これらの調査結果から、「竹中小肩衝」が持つ歴史的かつ美術的な価値は多岐にわたり、極めて高いものであることが明らかになりました。

豊臣秀吉から竹中半兵衛重治へ下賜されたという由緒ある出自は、この茶入に戦国時代の権力構造と人間ドラマの息吹を刻み込んでいます。「大名物」および「漢作唐物」という格付けは、その製作技術の高さと、茶の湯の歴史における重要性を示しています。小ぶりながらも均整の取れた「小肩衝」の器形、栗色と小豆色を基調とした深みのある釉調、そして「ぶつぶつとした膨れ」や「肩下の柿金気抜け」といった変化に富んだ「景色」は、当時の茶人たちの高度な審美眼を満足させるものでした。今井宗薫、加藤風庵、稲葉十左衛門、そして姫路藩主酒井家へと、名だたる数寄者や大名家を渡り歩いた伝来は、この茶入が一貫して至宝として扱われてきたことを物語っています。さらに、名物裂を用いた仕覆や凝った作りの箱といった付属品、そして『大正名器鑑』をはじめとする詳細な記録は、その価値を一層確かなものとしています。

「竹中小肩衝」は、単に美しい美術工芸品であるに留まらず、戦国武将の美意識、茶の湯文化の隆盛、そして名器が辿った流転の歴史を象徴する貴重な文化遺産です。このような名物茶入は、それ自体が持つ美術的価値に加え、それにまつわる物語(由来、伝来、関わった人々)が幾重にも積み重なることで、時代を超えて人々の心を捉え、研究や鑑賞の対象となり続ける文化的なアイコンとしての価値を獲得しています。

「竹中小肩衝」のような歴史的名品が、日本の歴史や文化、さらには日本人の精神性を理解する上で重要な手がかりを与えることは論を俟ちません。現在の具体的な所在については詳らかではありませんが、幸いにも詳細な記録が残されていることにより、その存在と価値は後世に伝えられています。今後、新たな資料の発見や研究の進展によって、この名宝に関するさらなる知見が得られることが期待されます。そして、たとえ現物を直接目にすることが叶わないとしても、記録を通じてその美と歴史に触れることは、我々にとって豊かな文化的経験となるでしょう。

引用文献

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  3. 茶道具の歴史についてご紹介します【茶道具の豆知識】 - 骨董品買取 https://nikkoudou-kottou.com/blog/sadou/4266
  4. その価値、一国相当なり!戦国時代の器がハンパない件。 | 大人も子供も楽しめるイベント https://tyanbara.org/sengoku-history/2018010125032/
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  6. 【信長の野望 出陣】竹中小肩衝の性能と入手方法 - ゲームウィズ https://gamewith.jp/nobunaga-shutsujin/article/show/427490
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