日本の戦国時代における名馬「大芦毛」に関する調査報告

序論

戦国時代は、武士階級が社会の中心をなし、絶え間ない争乱が繰り広げられた時代である。このような時代背景において、馬は単なる移動手段や農耕の道具に留まらず、武具として、また武将の威信を示す象徴として極めて重要な役割を担っていた。馬は贈答品の定番であり、戦に欠かせぬ武具として刀槍などと同様に、武家においては伝統的に珍重された 1 。当時の武将たちが騎乗していた馬は、現代のサラブレッドのような大型馬ではなく、木曽馬に代表されるような日本の在来種で、体高が約120cmから140cm程度の、現在の基準ではポニーに分類される比較的小柄な馬であった 2 。しかしこれらの馬は、小柄ながらも力強く、甲冑を纏った武者を乗せて山道を踏破する能力に長けていた。

馬術の習得は武士の必須技能であり、騎馬武者となることは一種のステータスであった。特に身分の高い大名家の子弟は、幼少期より馬術の訓練を受け、乗馬技術のみならず、馬上での指揮法や礼法に至るまで、馬を介した多岐にわたる教養を身につけたのである 3 。馬が実用的な軍事力であると同時に、武将の権威や教養を象徴する存在であったことは、当時の馬文化の多面性を示している。優れた馬を所有し、それを乗りこなすことは、武将個人の武勇や統率力を周囲に誇示する手段ともなり得た。

本報告では、このような戦国時代において、特に著名な武将である織田信長の愛馬としてその名が伝えられる「大芦毛（おおあしげ）」という馬に着目する。その存在、特徴、そして戦国時代の馬事文化における位置づけについて、現存する史料の断片を基に詳細かつ徹底的な調査を行い、その実像に迫ることを目的とする。

第一部：名馬「大芦毛」の実像

一. 「大芦毛」の存在と所有者

史料における「大芦毛」の記述

「大芦毛」という名の馬が織田信長の所有であったとする記述は、いくつかの資料に見られる。例えば、中国語版のオンライン百科事典に掲載されている名馬リストには、「大芦毛，織田信長の坐騎」（大芦毛、織田信長の乗馬）との記載が存在する 4 。これは二次的、あるいは三次的な情報源であり、その記述の直接的な典拠は不明であるが、信長と大芦毛を結びつける情報の一つとして挙げられる。

また、日本のウェブサイト記事においても、織田信長の愛馬の一頭として「大葦毛」の名が挙げられている 5 。しかしながら、これらの記事が「大芦毛」の存在を記すにあたり、具体的な一次史料を典拠として提示しているかは、提供された情報からは確認できない。

信長の事績を記した最も重要な一次史料の一つである太田牛一著『信長公記』には、信長が芦毛の馬を愛用していたことを示唆する記述が散見される。例えば、天正九年（1581年）正月の左義長（さぎちょう）の行事の際、信長は「蘆毛の御馬、すぐれたる早馬、飛鳥の如くなり」と描写される卓越した芦毛の馬に騎乗していた 6 。さらに同書「賀茂競馬御馬被仰付之事」の条では、信長が「度々かち合戦にめさせられ候蘆毛御馬」（たびたび合戦で騎乗された芦毛の御馬）を賀茂神社に献上したと記されている 7 。これらの記述は、信長が優れた芦毛の馬を所有し、戦場や重要な儀式で用いていた事実を明確に示している。

しかしながら、これらの『信長公記』の記述箇所において、「大芦毛」という固有の馬名が用いられているわけではない点は注意を要する。「蘆毛の御馬」という表現は、特定の馬名というよりは、芦毛の毛色を持つ信長の馬、という一般的な記述である可能性が高い。信長が「ものかは」という名の馬に乗っていたという記述も『信長公記』には存在するが 7 、これが芦毛であったか、また「大芦毛」と同一であるかを示す情報はない。このように、信長が芦毛の馬を高く評価し愛用していたことは一次史料からも確認できるものの、「大芦毛」という特定の固有名詞が一次史料に明確に記されているかは、提供された資料の範囲では断定できない。この点は、後述する「鬼葦毛」との関連性とも併せて慎重な検討が必要となる。

「鬼葦毛」との関連性についての考察

織田信長の愛馬として、「大芦毛」の他に「鬼葦毛（おにあしげ）」という名の芦毛馬も伝えられている。一部の資料では、信長の愛馬リストに「鬼葦毛」と「大葦毛」が併記されている例が見られる 5 。

「鬼葦毛」に関しては、天正九年（1581年）に京で行われた大規模な軍事パレードである「京都御馬揃え」において、信長が最も気に入っていた馬として一番に行進させたと記録されている 2 。この京都御馬揃えに関する別の記述では、信長が自身の所有馬として「鬼葦毛」「小鹿毛」「大鹿毛」などを参加させたとあるが、ここには「大芦毛」の名前は見られない 8 。

「鬼」という接頭辞は、「大きい」「強い」「荒々しい」といった意味合いを持つことがあり、「大」と共通するニュアンスを帯びる場合がある。このため、「大芦毛」と「鬼葦毛」が同一の馬を指す別称である可能性、あるいは非常に似た特徴を持つ別の馬であった可能性、さらには情報伝達の過程で混同や異称が生じた可能性などが考えられる。特に、京都御馬揃えという重要な催しにおいて「鬼葦毛」の名が記され、「大芦毛」の名が見られないことは、信長の芦毛の愛馬として「鬼葦毛」の方がより顕著な存在であった可能性を示唆している。提供された資料のみでは、「大芦毛」と「鬼葦毛」の正確な関係性を断定することは困難である。

以下に、織田信長の芦毛の馬に関する史料の比較を示す。

馬名（史料記載通り）	史料名	史料の性質	主な記述内容・文脈
大芦毛	中国語版Wikipedia名馬リスト 4	三次資料 (Web)	織田信長の乗馬として記載。
大葦毛	equia.jp 5	二次資料 (Web)	織田信長の愛馬リストに「鬼葦毛」等と共に記載。
鬼葦毛	pacalla.com 8 , intojapanwaraku.com 2 , equia.jp 5	二次資料 (Web)	京都御馬揃えで信長が一番に行進させたお気に入りの馬。
蘆毛の御馬	『信長公記』 6	一次史料	天正九年左義長で信長騎乗の「すぐれたる早馬」。賀茂競馬へ献上された「度々かち合戦にめさせられ候」馬。
ものかは	『信長公記』 7	一次史料	村木城攻めの際に信長が騎乗した馬。

この表からもわかるように、「大芦毛」という名称は二次的な情報源に見られるものの、提供された『信長公記』の抜粋箇所では確認できない。一方で、「鬼葦毛」や「蘆毛の御馬」といった記述は、信長と芦毛の馬の強い結びつきを示している。

二. 「大芦毛」に関する逸話と役割

現時点において提供されている史料の中には、「大芦毛」という名の馬に特化した具体的な逸話や、戦場での詳細な活躍を示す記録は見当たらない。例えば、明智秀満の愛馬「大鹿毛」が琵琶湖を泳ぎ渡ったというような劇的な逸話 8 は、「大芦毛」については確認されていない。

このことは、「大芦毛」の著名性が、特定の武勲や逸話によるものというよりは、その名の持つ響きや、高名な所有者である織田信長との関連性、そして芦毛という特徴的な毛色に由来する部分が大きい可能性を示唆している。もちろん、未見の史料に詳細な記述が存在する可能性は否定できないが、現段階ではその具体的な活躍を語ることは難しい。

第二部：「芦毛」の馬と戦国武将

一. 芦毛馬の身体的特徴

「大芦毛」を理解する上で、まず「芦毛（あしげ）」という馬の毛色がどのような特徴を持つのかを把握する必要がある。芦毛の馬は、生まれた時点では鹿毛や栗毛、あるいは青毛といった原毛色をしていることが多いが、年齢を重ねるにつれて被毛全体に白色毛が混生し、徐々にその白い毛の割合が増していく 10 。最終的には純白に近い外見になる個体もいるが、その場合でも皮膚自体は黒っぽい色を保っており、特に口唇部など毛の薄い箇所でその黒い肌を確認することができる 11 。この進行性の白化現象が芦毛の最大の特徴である。

また、芦毛の馬はメラノーマ（黒色腫）と呼ばれる皮膚の腫瘍を発症しやすい傾向があることも知られている 11 。これは芦毛を発現させる遺伝子と関連があるとされる生物学的な特徴であり、当時の人々がこの疾病をどの程度認識していたかは不明であるが、芦毛馬に関する包括的な理解の一助となる。

二. 戦国時代における芦毛馬の評価と嗜好

芦毛の馬は、その独特な美しい外見から、古くから武将たちに好まれてきた。特に、体表に円形の灰白色のまだら模様が浮き出たものを「連銭葦毛（れんぜんあしげ）」と呼び、これは源平合戦の時代から既に武士階級の乗馬として珍重されていたという 11 。もし「大芦毛」がこの連銭葦毛であったならば、その評価は一層高かったであろう。

織田信長自身も芦毛の馬を高く評価していたことは、『信長公記』の記述からも明らかである。前述の通り、信長は自身が合戦で度々用いた優れた芦毛の馬を、京都の賀茂神社で行われる伝統的な神事である賀茂競馬に献上している 7 。このような名誉ある場に献上される馬は、当然ながら極めて優れた資質を持つものであり、信長が芦毛の馬を単なる乗用具としてではなく、特別な価値を持つ存在と認識していたことを示している。

戦国時代の武将たちは、馬の毛色に対しても非常に細やかな注意を払い、多様な呼称で区別していた。例えば、黒系統の馬についても「青馬（あおうま）」、「青粕毛（あおかすげ）」（青馬に白い差し毛が混じるもの）、「青黒（あおぐろ）」（赤みを帯びた黒で鬣が長いもの）、「水青（みずあお）」（青みが少ないもの）、「青鷺粕毛（あおさぎかすげ）」（青馬に白い巻き毛があるもの）など、微妙な色合いの違いを的確に捉えた言葉が存在した 12 。このような語彙の豊富さは、当時の武将たちが馬の外見的特徴、特に毛色に対して深い関心と知識を持っていたことの証左であり、芦毛のような特徴的な毛色の馬が注目され、愛好された背景を物語っている。

芦毛の馬が年齢と共に白化していくという特性は、戦場や公の場において、その騎乗者を際立たせる効果も持っていたと考えられる。特に純白に近くなった芦毛馬は遠目にもよく目立ち、あたかも「生きた旗印」のように、武将の存在を周囲に知らしめる役割を果たしたであろう。これは、戦場での自己の武功をアピールする必要があった武士にとって 13 、重要な意味を持っていた可能性がある。

第三部：馬名における「大」の接頭辞と織田信長

一. 戦国時代の馬の命名慣習と「大」の意味合い

「大芦毛」という名称に含まれる「大」という接頭辞が、戦国時代の馬の命名においてどのような意味合いを持っていたのかを探ることは、この馬の性格を理解する上で重要である。

戦国時代から江戸時代初期にかけての名馬の中には、「大鹿毛（おおかげ）」という名の馬が複数存在したことが記録されている。例えば、武田勝頼の愛馬であった大鹿毛は、武田家滅亡後に織田信忠（信長の嫡男）の手に渡ったとされ、また、明智光秀の重臣である明智秀満も同名の「大鹿毛」を愛馬としていた 4 。これらの例は、「大」という接頭辞が、特定の毛色（この場合は鹿毛）の中でも特に大きい、あるいは優れた個体を指し示すために用いられた可能性を示唆している。

民俗学的な観点からは、「おお（大）」という言葉が、単に物理的な大きさを表すだけでなく、尊称や美称の接頭辞である「お」から転じたもの、あるいは「霊力」といった特別な力と関連付けられる可能性も指摘されている 14 。これが馬名に直接適用できるかは慎重な検討を要するが、「大」という言葉が持つ広範な意味合いは考慮に値する。

また、直接的な馬名ではないものの、戦国時代の軍事的な慣習において、「大」が重要性や規模を示すために用いられた例がある。武将が戦場で自身の所在を示すために掲げた旗印の一種である馬印（うまじるし）には、「大馬印」と「小馬印」の区別があり、文字通り「大馬印」の方がより大きく、総大将の本陣など、より重要な場所に立てられた 15 。この例は、「大」という接頭辞が、同種のものの中でより格が高い、あるいは中心的な存在を示すために一般的に用いられていたことを示している。

これらのことから、「大芦毛」の「大」は、単に体格が大きいことを意味するだけでなく、その芦毛の中でも特に優れている、あるいは信長にとって特別な存在であったことを示すために冠された可能性が高いと考えられる。

二. 織田信長と馬

信長の馬への愛好

織田信長が馬を深く愛好していたことは、多くの史料によって裏付けられている。イエズス会宣教師ルイス・フロイスが著した『日本史』には、信長が特に良馬、刀剣、鷹狩り、茶の湯の器を好んだと記されており、その中でも良馬は格別の愛好の対象であったとされる 1 。

信長は若い頃から馬術の訓練に熱心に取り組み、自身が拠点とした安土城や岐阜城には専用の馬場を設けていた 8 。彼の馬好きは広く知られており、諸大名は信長の歓心を得るために競って名馬や鷹を献上したという 8 。フロイスの記録によれば、安土城の厩舎は非常に立派で清潔に保たれており、馬たちは大切に飼育されていた。興味深いことに、この厩舎には客間としての機能も備わっており、応接室としても使用されていたという 8 。これらの事実は、信長にとって馬が単なる道具ではなく、深い愛情を注ぐ対象であり、また自身の権威を示す重要な要素であったことを物語っている。

信長所有の著名な馬

信長は生涯を通じて数多くの名馬を所有していたとされる。「大芦毛」や「鬼葦毛」の他にも、以下のような馬が信長の愛馬として記録に残っている。

白石鹿毛（しろいしかげ） : 奥州の伊達家から献上された名馬で、奥州一と称えられた 8 。
小雲雀（こひばり） : 天正九年の京都御馬揃えに参加した後、重臣の蒲生氏郷に下賜された 8 。
鬼葦毛（おにあしげ） : 京都御馬揃えにおいて、信長が最も気に入り、行列の先頭を行進させたとされる芦毛の馬 2 。
その他 : 京都御馬揃えには、「小鹿毛（こかげ）」「大鹿毛（おおかげ）」「遠江鹿毛（とおとうみかげ）」「河原毛（かわらげ）」なども参加したと記録されている 8 。
ものかは : 『信長公記』に、村木城攻めの際に信長が騎乗したと記されている馬 7 。

これらの馬たちの存在は、信長が多様な毛色や特徴を持つ優れた馬を収集し、それらを自身の権勢の象徴として、また実用的な戦力として活用していたことを示している。特に「鬼葦毛」や、息子の信忠が後に所有することになる「大鹿毛」など、芦毛や力強さを感じさせる名の馬が信長の周囲に存在したことは、「大芦毛」の存在を考える上で興味深い背景となる。

『信長公記』に見る信長の芦毛の馬

『信長公記』には、信長と芦毛の馬との関わりを示す具体的な記述が複数存在する。天正九年（1581年）正月の左義長の際には、信長は「蘆毛の御馬」に騎乗し、その馬は「すぐれたる早馬、飛鳥の如くなり」と、その速さと優美さが称賛されている 6 。

また、同年に行われた賀茂競馬に際しては、信長は自身が「度々かち合戦にめさせられ候蘆毛御馬」（たびたび合戦で騎乗した芦毛の御馬）と「鹿毛御馬」の二頭を献上した。この芦毛の馬は「元来駿馬にして達者」であり、競馬においても見事に勝利を収めたと記されている 7 。

これらの記述は、信長が少なくとも一頭、あるいは複数頭の卓越した芦毛の馬を所有し、それらを戦場で愛用するだけでなく、重要な神事や儀式にも用いていたことを明確に示している。これらの馬が『信長公記』中で「大芦毛」という具体的な名称で呼ばれていないとしても、信長が優れた芦毛の馬を高く評価し、自身の象徴的な持ち物としていたことは疑いようがない。信長がこれほどまでに馬を愛好し、そのコレクションを誇示していたことを踏まえれば、「大芦毛」や「鬼葦毛」のような印象的な名の馬を所有していたことは、彼の人物像や時代の気風とよく合致すると言えるだろう。

第四部：戦国時代の馬文化

一. 軍馬としての役割と価値

戦国時代において、馬は戦闘における機動力、衝力、そして指揮官の移動手段として不可欠な存在であった。馬は単なる「武具」として珍重されるだけでなく 1 、合戦の勝敗を左右する重要な要素と認識されていた。

当時の軍馬は、甲冑を装着した重装備の武者を乗せ、険しい山道をも踏破する強靭な脚力と持久力を有していた 2 。特に、去勢されずに気性が荒いままの悍馬（かんば）が軍馬として選ばれることもあり、これを乗りこなすこと自体が武士の武勇を示すものとされた 5 。例えば、武田信玄の愛馬「黒雲」は、信玄以外には誰も乗りこなすことができなかったという逸話が残っており 5 、このような馬を自在に操ることは、卓越した騎乗技術と胆力を必要とした。

二. 当時の馬の種類と特徴

戦国時代の日本で活躍した馬は、現代の競走馬のような大型でスマートな体型ではなく、比較的小柄で頑健な在来種であった。木曽馬、南部馬、三春駒などがその代表であり、体高は平均して120cmから140cm程度と、現在の分類ではポニーに相当する 2 。

これらの日本の在来馬は、その起源をモンゴル高原の馬（モウコノウマ）に持つとされ、体型的にはずんぐりとしていたが、持久力に富み、力仕事に適していた 2 。速力では大型馬に劣るものの、日本の複雑な地形や、長期間にわたる軍事行動においては、その強靭さと適応性が重宝されたのである。

三. 名馬の評価基準と調教

戦国時代の武将たちは、軍馬に対して独自の評価基準を持っていた。優れた軍馬の体型としては、背中が平坦ではなく、臀部の筋肉が豊かに盛り上がり、やや腰高の体つきが好まれたとされる 12 。これは、馬上での安定性や運動性に関連していたと考えられる。

当時の馬の積載能力の目安として、米俵二俵（約120kg）を運ぶことができたとされ、これに武将の体重と約30kgの甲冑の重量を加えても、十分に活動できた 12 。また、馬の額にある旋毛（つむじ）や白い斑点（星）、あるいは毛色に対しても、「戴星（うびたい）」「月白（つきじろ）」などといった細かな名称が付けられており、馬の外見的特徴に対する深い関心と知識が窺える 12 。

戦国時代の馬は去勢されていなかったため、気性が荒いものが多かった。そのため、これらの馬を乗りこなすには、騎乗者である武士にも高度な馬術と強い精神力が求められた 5 。馬の調教も厳しく、日常的な騎乗訓練はもちろんのこと、野山を駆け巡らせたり、川を渡らせたりする訓練（水練）、さらには鷹狩りなどを通じて集団で行動する際の規律を教え込むなど、多岐にわたる内容が含まれていた 12 。戦場での騒音、特に鉄砲の音などに慣れさせるための訓練も行われていた可能性が高い。

このような背景から、戦国武将と馬との関係は、単に乗り手と乗り物という関係を超え、互いの能力と精神力が試される、ある種のパートナーシップであったと言える。荒々しい馬の性質を理解し、その力を引き出すことのできる武将は高く評価され、その馬もまた名馬としての名声を得たのである。また、日本の山がちで変化に富んだ地形に適応し、持久力と積載能力に優れた在来種が軍馬の中心であったことは、当時の戦術や兵站のあり方を反映した、極めて合理的な選択であったと言えよう。

結論

本報告では、戦国時代の名馬「大芦毛」について、現存する資料に基づき多角的な調査を行った。その結果、以下の点が明らかになった。

「大芦毛」という名の馬は、いくつかの二次的な情報源において織田信長の愛馬として言及されている 4 。しかしながら、信長の事績に関する最も重要な一次史料の一つである『信長公記』の提供された抜粋箇所においては、「大芦毛」という具体的な馬名は確認されなかった。ただし同書には、信長が「蘆毛の御馬」と記述される優れた芦毛の馬を合戦や儀式で用いていたことが明確に記されており 6 、信長と芦毛の馬との深い関わりは疑いようがない。

信長の別の芦毛の愛馬として伝えられる「鬼葦毛」との関係性については、提供された資料のみでは判然としない。「大芦毛」と「鬼葦毛」が同一馬の異名であるのか、あるいは別の個体であるのか、今後のさらなる史料の発見と分析が待たれる。また、「大芦毛」に特有の具体的な逸話や戦功に関する詳細な記録は、今回の調査範囲では見出すことができなかった。

歴史的文脈において「大芦毛」の存在（あるいはその伝承）が持つ意義は、まず戦国武将たちが馬、特に芦毛のような際立った特徴を持つ馬を高く評価し、愛好していたという事実を反映している点にある 11 。馬名に冠される「大」という接頭辞は、単に体格の大きさを示すだけでなく、その毛色の馬の中でも特に優れていること、あるいは所有者にとって特別な価値を持つことを意味した可能性が高い（「大鹿毛」の例 9 や「大馬印」との類推 15 から）。

「大芦毛」という名称が、仮に後世に付与されたものであったとしても、それは織田信長という傑出した歴史上の人物が抱いていた馬への情熱 1 と、戦国時代における馬の軍事的・文化的・象徴的な重要性を端的に示していると言える。信長のようなカリスマ的な指導者の所有物には、しばしば人々の記憶に残りやすい、印象的な名称が与えられることがある。「大芦毛」という名は、芦毛の馬の美しい姿と「大」という言葉の持つ力強さが相まって、信長の威光を象徴するイメージとして語り継がれてきたのかもしれない。

本調査はまた、歴史研究における史料批判の重要性を改めて浮き彫りにする。一次史料と二次史料、あるいは伝承との間には、時に情報の差異や欠落が見られるため、多角的な視点からの検証が不可欠である。「大芦毛」をめぐる探求は、単に一頭の馬の事績を追うだけでなく、戦国時代の武士の価値観、馬事文化の様相、そして歴史的イメージの形成過程といった、より広範なテーマへの洞察を深める一助となるであろう。

引用文献

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戦国武将はポニーに乗っていた！？小さくてもパワフルなずんぐり馬たちがかわいい！ - 和樂web https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/40611/
戦国武将と武芸／ホームメイト - 刀剣ワールド https://www.touken-world.jp/tips/96787/
名驹- 维基百科，自由的百科全书 - Wikipedia https://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E5%90%8D%E9%A9%B9
戦国時代に活躍した名馬たち - 乗馬メディア EQUIA エクイア https://equia.jp/trivia/post-9407.html
左義長まつり : 歴旅.こむ http://shmz1975.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-b3d3.html
信長公記 - Wikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E4%BF%A1%E9%95%B7%E5%85%AC%E8%A8%98
武将と馬の逸話を大調査!?【後編】 - Pacalla（パカラ） https://pacalla.com/article/article-3781/
名馬一覧 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E9%A6%AC%E4%B8%80%E8%A6%A7
サラブレッド講座毛色の種類 - JRA https://www.jra.go.jp/kouza/thoroughbred/color/
芦毛 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A6%E6%AF%9B
鎧武者を乗せ、軍馬は走る - 戦国徒然（麒麟屋絢丸） - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054890230802/episodes/1177354054900682893
武田の騎馬軍団は存在しなかったってホント？戦場で馬に乗るメリット・デメリットを考察【どうする家康】 | 歴史・文化 - Japaaan - ページ 2 https://mag.japaaan.com/archives/198581/2
格助詞に着日した地名の要素分解 https://www.omnh.jp/shiyake/%E5%9C%B0%E5%90%8D%E6%8E%A2%E7%A9%B6_%E6%A0%BC%E5%8A%A9%E8%A9%9E2021_.pdf
戦国武将の旗印・馬印（馬標）／ホームメイト - 刀剣ワールド https://www.touken-world.jp/tips/43247/
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武将の名馬一覧／ホームメイト - 名古屋刀剣博物館 https://www.meihaku.jp/historian-text/warlord-horse/
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