最終更新日 2026-06-19
城地域分類:四国
「四国」に属する城:30件
| 城 | 概要 |
|---|---|
| 安芸城 | 土佐国安芸城は、安芸平野の要衝に築かれ、安芸氏が土佐七雄として君臨。長宗我部元親の土佐統一戦で最大の障壁となり、安芸国虎は敗れ自刃。安芸城は長宗我部氏の阿波侵攻拠点となる。 |
| 朝倉城(土佐国) | 土佐朝倉城は本山氏が築いた高知県下最大級の要害。長宗我部元親との激戦の末、城主本山茂辰が自焼し撤退。その後も長宗我部氏に利用された可能性も指摘される。土佐戦国史の転換点を示す城。 |
| 天霧城 | 天霧城は讃岐西部の天空城塞。香川氏が平時の多度津城と使い分ける詰城。堅固な縄張りは自然地形を巧みに利用。香川氏は細川氏被官から自立し、三好・信長と外交。長宗我部元親の侵攻に戦わず養子を迎え和睦。 |
| 伊沢城 | 阿波国伊沢城は鎌倉期に築かれ、戦国乱世を生き抜いた。城主伊沢氏は武士から治水技術者へ転身し、地域に貢献。その記憶は今も地名や伝説に息づく。 |
| 牛岐城 | 阿波国牛岐城は、那賀川河口の要衝に築かれ、安宅氏、新開氏が支配。長宗我部元親の阿波侵攻で新開実綱が謀殺され、長宗我部氏の拠点となる。蜂須賀家政が「富岡城」と改称し、廃城。 |
| 浦戸城 | 土佐の浦戸城は、本山氏が築き、長宗我部元親が本拠とした海城。関ヶ原の戦い後、浦戸一揆が勃発。高知城築城のため廃城となり、資材は転用された。 |
| 大洲城 | 伊予肱川畔の大洲城は、宇都宮氏の地蔵ヶ岳城に起源。戦国期に城主が交代し、藤堂高虎が近世城郭の基礎を築き、脇坂安治が天守を完成。明治に解体されるも、平成に木造復元され、現代に新たな歴史を刻む。 |
| 大除城 | 大除城は伊予と土佐の国境を守る要塞。大野氏三代が城主を務め、土佐からの侵攻に抗戦。特に笹ケ峠合戦で壊滅的打撃を受け、豊臣秀吉の四国征伐で開城。戦国乱世の国境防衛の歴史を物語る。 |
| 岡豊城 | 岡豊城は、長宗我部元親が土佐統一、四国制覇を成し遂げた本拠。畝状竪堀群など先進技術を誇るも、豊臣秀吉の前に廃城。今は史跡として、長宗我部氏の栄枯盛衰を語る。 |
| 海部城 | 阿波の海部城は、海部氏が刀工と水軍を擁し長宗我部氏に抗した要衝。島親益事件で落城、長宗我部・蜂須賀氏支配下で役割を変え、一国一城令で廃城。四国の戦国史を物語る。 |
| 窪川城 | 土佐仁井田の窪川城は、四万十川水運を扼する要衝に築かれた山城。国人領主窪川氏が本拠とし、津野・一条・長宗我部氏に従属し生き残りを図った。朝鮮出兵で家系は断絶。 |
| 来島城 | 瀬戸内の要衝、来島城は村上水軍の一翼を担い、激流を味方につけた海の要塞。来島通総は秀吉に仕え大名となるも、朝鮮で戦死。久留島と改姓し、内陸の藩主として存続した。 |
| 黒瀬城 | 黒瀬城は伊予西園寺氏の最後の拠点。松葉城から移転し、戦国末期の最新技術で築かれた。大友・長宗我部氏の侵攻に耐えるも、豊臣秀吉の四国攻め後、城主公広は謀殺され城も廃城。地域権力の興亡を映す。 |
| 桑野城 | 桑野城は甲斐源氏東条氏の拠点。城主関之兵衛は長宗我部元親に仕え、阿波攻略に貢献するも、豊臣秀吉の四国征伐で木津城を開城後、元親に処刑される悲劇的な最期を遂げた。 |
| 香宗城 | 香宗城は土佐香宗我部氏の拠点。長宗我部親泰が養子となり、元親の片腕として四国統一に貢献。しかし、親泰の死後、長宗我部氏の改易と共に廃城。その歴史は戦国武将の栄光と悲劇を物語る。 |
| 鷺ノ森城 | 鷺ノ森城は伊予東部の燧灘に浮かぶ水城。河野氏の東予支配の要として築かれ、壬生川氏が城主を務めた。金子・黒川氏との激戦を経験し、豊臣秀吉の四国平定で落城。その壮絶な終焉は戦国の無常を伝える。 |
| 勝瑞城 | 勝瑞城は、阿波国の中心として栄え、三好氏の天下を支えた。壮麗な庭園と都の文化を誇るも、長宗我部氏の侵攻で落城。今は史跡として、忘れられた戦国の都の記憶を伝える。 |
| 宿毛城 | 宿毛城は土佐国西端の要衝。松田氏から一条氏、長宗我部氏、山内氏へと城主が変遷。四万十川の戦いの舞台となり、一国一城令で廃城後、麓の宿毛土居が地域の中心に。戦国から近世への転換を物語る。 |
| 須崎城 | 土佐の要衝、須崎城は津野氏が築き、長宗我部氏の港湾支配を支えた。悲劇の城主・津野親忠の拠点となり、関ヶ原の戦いの中でその運命は翻弄された。 |
| 十河城 | 十河城は讃岐の要衝に築かれ、三好氏の讃岐支配の拠点となった。長宗我部元親の四国統一の嵐の中、十河存保が籠城し奮戦するも落城。戸次川の戦いで存保が戦死し、十河氏は滅亡。戦国の悲哀を伝える城である。 |
| 曾根城(伊予国) | 伊予曾根城は内子盆地の要衝に築かれ、曽根高昌が礎を築いた。長宗我部元親と連携し勢力を拡大するも、豊臣秀吉の四国征伐で破却。戦国乱世を生き抜いた地方領主の興亡を物語る。 |
| 中村城 | 土佐中村城は、一条教房が「小京都」を築き、公家大名一条氏の拠点として栄えた。長宗我部元親の台頭で一条氏は滅亡。中村城は長宗我部氏、山内氏の支配を経て、一国一城令で廃城。 |
| 能島城 | 能島城は瀬戸内海に浮かぶ村上武吉の海城。激しい潮流を天然の堀とし、岩礁ピットなど海城特有の遺構を持つ。織田水軍との死闘を繰り広げるも、豊臣秀吉の海賊停止令により廃城。海賊の真実を伝える。 |
| 白地城 | 白地城は、四国四国を結ぶ「ヘソ」に位置し、大西氏の拠点から長宗我部元親の四国統一本営となる。高度な築城技術と戦略的価値を誇るも、豊臣政権下で阿波九城の一つとなり、後に廃城となる。 |
| 引田城 | 引田城は播磨灘の要衝に位置し、中世の土の城から織豊系石垣城へ変貌。三好・長宗我部・豊臣の争乱を経験し、戦国末期の築城技術と中央集権化の象徴として今に伝わる。 |
| 仏殿城 | 四国の十字路に築かれし仏殿城は、南北朝より戦乱に翻弄され、長宗我部氏に落城。悲劇を刻み廃城となるも、現代に模擬天守として蘇り、地域の歴史を語り継ぐ。 |
| 松葉城 | 伊予国に下向した公家大名・西園寺氏が、永和年間に築いて約百七十年間本拠とした山城。南側が断崖絶壁の要害であり西園寺氏の支配の象徴となった。 |
| 丸亀城 | 讃岐の丸亀城は、日本一の石垣と現存天守を誇る名城。生駒氏が築き、山崎氏が再興、京極氏が完成。石垣崩落を乗り越え、現代にその歴史を語り継ぐ。 |
| 本山城 | 土佐本山城は、嶺北の要害に築かれ、戦国大名本山氏の拠点として栄えた。長宗我部元親との激戦の末、落城。現在は後世の石垣が目立つが、土塁や大堀切に往時の実戦的な姿を偲ばせる。 |
| 湯築城 | 伊予河野氏の本拠、湯築城は、先進的な縄張りと豊かな文化を誇る平山城。長宗我部氏に開城し河野氏滅亡後、松山城の資材となり廃城。現代に史跡公園として蘇り、日本百名城に選定される。 |