最終更新日 2026-06-11

武将読み一覧:け

「け」に属する武将:7件

武将よみ概要
桂庵玄樹けいあんげんじゅ桂庵玄樹は室町時代の禅僧で、明で朱子学を学び日本に広めた。応仁の乱を避け九州を遍歴し、島津氏の庇護のもと薩南学派を確立。漢文訓読法の革新にも貢献...
傑山雲勝けつざんうんしょう傑山雲勝は戦国時代の禅僧で、猛将本庄繁長の軍師として活躍。長楽寺の住職として繁長を支え、福島城防衛戦で智謀を発揮。「勝和尚」と称された。
祁答院良重けどういんよししげ祁答院良重は島津統一に抗した薩摩の国人領主。岩剣城で島津貴久と激戦、嫡子を失う。妻による刺殺説が通説だが、島津氏による謀殺の可能性も。悲劇の生涯...
毛馬内秀範けまないひでのり戦国期の南部一族で毛馬内氏の祖。対安東の最前線である鹿角郡を猛攻から死守。敵の「湊騒動」では檜山側に協力するなど、境目の領主として高度な外交を駆...
毛馬内政次けまないまさつぐ毛馬内政次は南部一門の武将。九戸政実の乱、文禄・慶長の役、大坂の陣に参陣。南部利直の命で柏崎館を築城。本家は断絶したが、弟の系統が存続。
毛屋武久けやたけひさ毛屋武久は黒田二十四騎の一人。近江出身で、和田惟政、山崎片家、柴田勝家、前田利家、池田恒興、佐々成政、黒田長政と八度主君を変えた。関ヶ原では旗奉...
玄広恵探げんこうえたん今川氏親の子で、今川義元と家督を争った悲劇の公子。花倉の乱で敗れ自刃。近年では次男説が有力視され、正当な継承候補者であった可能性が指摘されている...