最終更新日 2026-06-15

家宝分類一覧:茶入・茶壺

「茶入・茶壺」に属する家宝:50件

家宝よみ画像概要
朝倉文琳あさくらぶんりん「朝倉文琳」は南宋時代の茶入で、朝倉義景、信長、不昧と流転。本能寺の変の炎を奇跡的に免れ、「本能寺文琳」とも呼ばれる。その優美な造形と来歴は、日本の歴史と美意識を映す。「朝倉文琳」は南宋時代の茶入で、朝倉義景、信長、不昧と流転。本能寺の変の炎を奇跡的に免れ、「本能寺文琳」とも呼ばれる。その優美な造形と来歴は、日...
安国寺肩衝あんこくじかたつき安国寺肩衝は南宋時代の最高級茶入で、戦国期は政治的象徴。細川三斎が執着し、江戸期には飢饉救済で売却。現在は五島美術館所蔵の大名物。安国寺肩衝は南宋時代の最高級茶入で、戦国期は政治的象徴。細川三斎が執着し、江戸期には飢饉救済で売却。現在は五島美術館所蔵の大名物。
稲葉瓢箪いなばひょうたん"南宋~元代作の唐物大名物瓢箪茶入。美麗な釉色で「天下六瓢箪で最も景色に富む」と評される。江戸初期の稲葉正則の所持に因み、現在は静嘉堂文庫が所蔵する。""南宋~元代作の唐物大名物瓢箪茶入。美麗な釉色で「天下六瓢箪で最も景色に富む」と評される。江戸初期の稲葉正則の所持に因み、現在は静嘉堂文庫が所蔵...
上杉瓢箪うえすぎひょうたん上杉瓢箪は、東山御物から上杉景勝へ伝わった大名物茶入。大友宗麟が命より望み、景勝が戦陣に携行した逸話を持つ。美術的品格と由緒ある伝来が天下第一と称される。上杉瓢箪は、東山御物から上杉景勝へ伝わった大名物茶入。大友宗麟が命より望み、景勝が戦陣に携行した逸話を持つ。美術的品格と由緒ある伝来が天下第一と...
内曇大海うちぐもりおおうみ「内曇大海」は足利義政が命名した東山御物。戦国時代には豊臣秀吉が所有し、その釉薬の景色は「打曇紙」に似る。武将の権威と誇りの象徴として一国に匹敵する価値を持ち、現在は徳川美術館が所蔵。「内曇大海」は足利義政が命名した東山御物。戦国時代には豊臣秀吉が所有し、その釉薬の景色は「打曇紙」に似る。武将の権威と誇りの象徴として一国に匹敵...
打曇大海うちぐもりおおうみ茶入「打曇大海」は、柿釉と黒飴釉の「打曇」景色が特徴の大名物。足利義政が命名し、秀吉、徳川宗家へと伝来。現在も徳川家関連機関が所蔵。茶入「打曇大海」は、柿釉と黒飴釉の「打曇」景色が特徴の大名物。足利義政が命名し、秀吉、徳川宗家へと伝来。現在も徳川家関連機関が所蔵。
打雲大海うちぐもりたいかい打雲大海は、足利義政が命名した唐物大海茶入。柿色の地に黒釉が雲のように広がる景色が特徴。豊臣秀吉、京極高次、紀州徳川家を経て徳川将軍家へ伝来し、現在は徳川美術館所蔵。打雲大海は、足利義政が命名した唐物大海茶入。柿色の地に黒釉が雲のように広がる景色が特徴。豊臣秀吉、京極高次、紀州徳川家を経て徳川将軍家へ伝来し、...
円座肩衝えんざかたつき「円座肩衝」は、紹鴎・利休から天下人へ伝来した名物茶入。手瓶からの改造という「見立て」の美学を持ち、茶の湯が政治と美意識の象徴となった戦国史を映す。「円座肩衝」は、紹鴎・利休から天下人へ伝来した名物茶入。手瓶からの改造という「見立て」の美学を持ち、茶の湯が政治と美意識の象徴となった戦国史を映...
円乗坊肩衝えんじょうぼうかたつき本能寺の変で焼失した茶入「円乗坊肩衝」は、円乗坊宗円が灰の中から拾い上げ修復。和物ながら大名物として、戦国武将や茶人たちの手を渡り、その物語性が価値を高めた。本能寺の変で焼失した茶入「円乗坊肩衝」は、円乗坊宗円が灰の中から拾い上げ修復。和物ながら大名物として、戦国武将や茶人たちの手を渡り、その物語性が...
大友瓢箪おおともひょうたん大内氏から大友宗麟、豊臣秀吉を経て上杉景勝へと伝来した大名物の唐物瓢箪茶入。時の最高権力者の変遷と威光を象徴し、政治や外交に用いられた名物茶器。大内氏から大友宗麟、豊臣秀吉を経て上杉景勝へと伝来した大名物の唐物瓢箪茶入。時の最高権力者の変遷と威光を象徴し、政治や外交に用いられた名物茶器。
遅桜肩衝おそざくらかたつき室町将軍足利義政が銘を与えた大名物の唐物肩衝茶入。南宋時代の作で、戦国大名の織田信長から豊臣秀吉、徳川将軍家へ渡り、武家の権威と外交を象徴する。室町将軍足利義政が銘を与えた大名物の唐物肩衝茶入。南宋時代の作で、戦国大名の織田信長から豊臣秀吉、徳川将軍家へ渡り、武家の権威と外交を象徴する。
玉堂肩衝ぎょくどうかたつき大名物「玉堂肩衝」は、戦国乱世を渡り歩き、秀吉の権威を象徴。浅野家と徳川家の主従関係を繋ぎ、黒飴釉に瑠璃色の輝きを秘めた歴史の至宝。大名物「玉堂肩衝」は、戦国乱世を渡り歩き、秀吉の権威を象徴。浅野家と徳川家の主従関係を繋ぎ、黒飴釉に瑠璃色の輝きを秘めた歴史の至宝。
九鬼文琳くきぶんりん九鬼文琳は、海賊大名・九鬼嘉隆が所持した文琳茶入。関ヶ原の戦後、徳川将軍家へ献上され、堀田家へ下賜。明治期に皇族へ献上されたが、関東大震災で焼失した幻の名器。九鬼文琳は、海賊大名・九鬼嘉隆が所持した文琳茶入。関ヶ原の戦後、徳川将軍家へ献上され、堀田家へ下賜。明治期に皇族へ献上されたが、関東大震災で焼失...
国司茄子こくしなす国司茄子は、伊勢国司北畠氏由来の大名物唐物茄子茶入。松花堂昭乗が「天下第一」と称賛し、藤田平太郎が巨額で入手。優美な姿と由緒ある伝来が茶道史に輝く貴重な文化財。国司茄子は、伊勢国司北畠氏由来の大名物唐物茄子茶入。松花堂昭乗が「天下第一」と称賛し、藤田平太郎が巨額で入手。優美な姿と由緒ある伝来が茶道史に輝...
佐伯肩衝さえきかたつき大名物「佐伯肩衝」は、南宋~元時代の肩衝茶入。足利義輝から大友宗麟、佐伯惟定、藤堂高虎、徳川家康へと伝来し、戦国時代の権力者の興亡と茶の湯の政治的役割を映し出す。現在は寧楽美術館所蔵。大名物「佐伯肩衝」は、南宋~元時代の肩衝茶入。足利義輝から大友宗麟、佐伯惟定、藤堂高虎、徳川家康へと伝来し、戦国時代の権力者の興亡と茶の湯の政治...
志賀しが戦国茶の湯における名物葉茶壺。底へなだれかかる黒釉の器表に大小二十個もの瘤がある特異な造形が際立ち、伝来や出自に多くの謎を残す幻の名壺。戦国茶の湯における名物葉茶壺。底へなだれかかる黒釉の器表に大小二十個もの瘤がある特異な造形が際立ち、伝来や出自に多くの謎を残す幻の名壺。
四聖坊肩衝ししょうぼうかたつき唐物肩衝茶入「四聖坊肩衝」は、東大寺から家康へ、そして山内一豊へと渡り、関ヶ原の政治劇を彩った。その伝来は、戦国から江戸への権力と文化の変遷を映し出す、歴史の証人である。唐物肩衝茶入「四聖坊肩衝」は、東大寺から家康へ、そして山内一豊へと渡り、関ヶ原の政治劇を彩った。その伝来は、戦国から江戸への権力と文化の変遷を映...
四十石しじっこく戦国時代の名物茶道具である葉茶壺。茶の湯が隆盛する中、一国に匹敵する政治的・経済的価値を見出され、大名たちの間でステータスの象徴として伝承された名物。戦国時代の名物茶道具である葉茶壺。茶の湯が隆盛する中、一国に匹敵する政治的・経済的価値を見出され、大名たちの間でステータスの象徴として伝承された...
松花しょうか松花は、中国南宋~元時代に製作された唐物茶壺。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ら天下人の手を経て尾張徳川家に伝来し、現在は重要文化財。松花は、中国南宋~元時代に製作された唐物茶壺。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ら天下人の手を経て尾張徳川家に伝来し、現在は重要文化財。
珠光小茄子じゅこうこなす茶道の祖である村田珠光の名を冠し、織田信長が所持した名物茶入。滝川一益が東国の広大な領地恩賞よりもこの器を渇望したという逸話で高名な至宝。茶道の祖である村田珠光の名を冠し、織田信長が所持した名物茶入。滝川一益が東国の広大な領地恩賞よりもこの器を渇望したという逸話で高名な至宝。
珠光文琳じゅこうぶんりん珠光文琳は、侘び茶の祖・珠光に由来する大名物。信長が召し上げ、天下人の茶の湯を彩る。その美と伝来は、戦国の権力と文化を映す鏡なり。珠光文琳は、侘び茶の祖・珠光に由来する大名物。信長が召し上げ、天下人の茶の湯を彩る。その美と伝来は、戦国の権力と文化を映す鏡なり。
紹鴎茄子じょうおうなす「紹鴎茄子」は、武野紹鴎が愛した唐物茶入。三筋の釉薬が特徴で「みおつくし」とも。信長・秀吉の手に渡り、戦国の権力と美意識を象徴する重要文化財。「紹鴎茄子」は、武野紹鴎が愛した唐物茶入。三筋の釉薬が特徴で「みおつくし」とも。信長・秀吉の手に渡り、戦国の権力と美意識を象徴する重要文化財。
裾野すその裾野は、村田珠光が命名した唐物葉茶壺。その名は「遠山が下におりている」景色に由来し、わび茶の精神を体現。戦国期には天下無双と称され、加賀前田家を経て徳川美術館に所蔵される。裾野は、村田珠光が命名した唐物葉茶壺。その名は「遠山が下におりている」景色に由来し、わび茶の精神を体現。戦国期には天下無双と称され、加賀前田家を...
勢高肩衝せいたかかたつき「勢高肩衝」は、南宋時代の茶入で、本能寺の変で焼失を免れた奇跡の至宝。信長、古田織部、徳川将軍家など権力者の間を渡り歩き、その傷跡は歴史の証。現在は頴川美術館に所蔵。「勢高肩衝」は、南宋時代の茶入で、本能寺の変で焼失を免れた奇跡の至宝。信長、古田織部、徳川将軍家など権力者の間を渡り歩き、その傷跡は歴史の証。現...
宗無肩衝そうむかたつき宗無肩衝は戦国時代の茶入。堺の茶人・住吉屋宗無が所持し、大名物として名高い。優美な形状と釉薬の景色が特徴。佐竹家、徳川将軍家を経て徳川美術館に所蔵。宗無肩衝は戦国時代の茶入。堺の茶人・住吉屋宗無が所持し、大名物として名高い。優美な形状と釉薬の景色が特徴。佐竹家、徳川将軍家を経て徳川美術館に所...
竹中小肩衝たけなかこかたつき戦国時代の卓越した軍師・竹中半兵衛に深く関わる名物茶入。「大名物」に列せられ、豊臣秀吉との逸話とともに、武将の権威や茶の湯の文化的価値を象徴する。戦国時代の卓越した軍師・竹中半兵衛に深く関わる名物茶入。「大名物」に列せられ、豊臣秀吉との逸話とともに、武将の権威や茶の湯の文化的価値を象徴する...
玉垣文琳たまがきぶんりん玉垣文琳は、戦国時代から徳川家まで権力者たちが愛した茶入。大坂夏の陣で破損後、奇跡的に修復され、現在は遠山記念館に所蔵される名品。玉垣文琳は、戦国時代から徳川家まで権力者たちが愛した茶入。大坂夏の陣で破損後、奇跡的に修復され、現在は遠山記念館に所蔵される名品。
筑紫肩衝つくしかたつき筑紫肩衝は、南宋時代の唐物肩衝茶入で、虹のような紫褐色の釉薬が特徴。足利義政、島井宗室、豊臣秀吉、宇喜多秀家、徳川家康と天下人の手を渡り、現在は根津美術館所蔵の重要文化財。筑紫肩衝は、南宋時代の唐物肩衝茶入で、虹のような紫褐色の釉薬が特徴。足利義政、島井宗室、豊臣秀吉、宇喜多秀家、徳川家康と天下人の手を渡り、現在は...
九十九髪茄子つくもなす足利義満や織田信長、徳川家康ら歴代の天下人が所持した唐物茄子茶入の最高峰。二度の戦火に遭いながらも修復されて現存する、一国一城に匹敵した大名物。足利義満や織田信長、徳川家康ら歴代の天下人が所持した唐物茄子茶入の最高峰。二度の戦火に遭いながらも修復されて現存する、一国一城に匹敵した大名物。
筒井肩衝つついかたつき筒井肩衝は、筒井順慶が所持した古瀬戸焼の大名物肩衝茶入。撫で肩の優美な姿と黒釉に浮かぶ柿金気色が特徴。豊臣秀吉、徳川家康を経て尾張徳川家に伝来し、現在は徳川美術館所蔵。筒井肩衝は、筒井順慶が所持した古瀬戸焼の大名物肩衝茶入。撫で肩の優美な姿と黒釉に浮かぶ柿金気色が特徴。豊臣秀吉、徳川家康を経て尾張徳川家に伝来し...
楢柴肩衝ならしばかたつき"初花・新田と並び「天下三肩衝」と称された大名物の唐物茶入。足利義政から島井宗室、秋月種実を経て豊臣秀吉の所有となるが、明暦の大火で焼失した幻の名器。""初花・新田と並び「天下三肩衝」と称された大名物の唐物茶入。足利義政から島井宗室、秋月種実を経て豊臣秀吉の所有となるが、明暦の大火で焼失した幻の...
似たり茄子にたりなす似たり茄子は、村田珠光が愛用した名物茶入。豊臣秀吉が百貫で購入し、大坂夏の陣で被災するも徳川家康の命で修復され、水戸徳川家に伝来した。似たり茄子は、村田珠光が愛用した名物茶入。豊臣秀吉が百貫で購入し、大坂夏の陣で被災するも徳川家康の命で修復され、水戸徳川家に伝来した。
新田肩衝にったかたつき新田肩衝は天下三肩衝の一つ。珠光より信長、秀吉、家康を経て水戸徳川家へ伝わる。大坂の陣で被災するも修復され、その傷跡は歴史を語る。新田肩衝は天下三肩衝の一つ。珠光より信長、秀吉、家康を経て水戸徳川家へ伝わる。大坂の陣で被災するも修復され、その傷跡は歴史を語る。
橋立はしだて橋立は戦国時代の唐物茶壺で、大名物・ルソン壺の代表作。足利将軍家、織田信長を経て千利休が所持。秀吉が所望するも利休は拒否し、利休切腹の一因ともなった。現在は表千家が所蔵。橋立は戦国時代の唐物茶壺で、大名物・ルソン壺の代表作。足利将軍家、織田信長を経て千利休が所持。秀吉が所望するも利休は拒否し、利休切腹の一因ともな...
初花肩衝はつはなかたつき初花肩衝は、天下三肩衝の一つで足利義政が命名。信長、秀吉、家康ら天下人の手を渡り、徳川将軍家の至宝となる。優美な姿と華麗な伝来が、戦国茶の湯文化を象徴する。初花肩衝は、天下三肩衝の一つで足利義政が命名。信長、秀吉、家康ら天下人の手を渡り、徳川将軍家の至宝となる。優美な姿と華麗な伝来が、戦国茶の湯文化...
兵庫ひょうご兵庫壺は、荒木村重が摂津兵庫で拾い、豊臣秀吉を経て織田信雄に贈られたとされる葉茶壺。現存せず、その実在性も不明だが、村重の生涯と戦国時代の茶の湯の価値観を象徴する「幻の名物」。兵庫壺は、荒木村重が摂津兵庫で拾い、豊臣秀吉を経て織田信雄に贈られたとされる葉茶壺。現存せず、その実在性も不明だが、村重の生涯と戦国時代の茶の湯...
富士茄子ふじなす織田信長や豊臣秀吉ら天下人の手を経た名物茶入。「天下三茄子」の一つに数えられ、茶の湯が武将の間で政治的・文化的に重要な役割を果たした時代を象徴する。織田信長や豊臣秀吉ら天下人の手を経た名物茶入。「天下三茄子」の一つに数えられ、茶の湯が武将の間で政治的・文化的に重要な役割を果たした時代を象徴す...
酸漿文琳ほおずきぶんりん酸漿文琳は、中国南宋時代の唐物文琳茶入。黒飴釉に柿色の斑が酸漿に似る。徳川家康から譜代筆頭の酒井忠世に下賜され、武力から文化への転換を象徴。現在は東京国立博物館所蔵。酸漿文琳は、中国南宋時代の唐物文琳茶入。黒飴釉に柿色の斑が酸漿に似る。徳川家康から譜代筆頭の酒井忠世に下賜され、武力から文化への転換を象徴。現在...
本願寺肩衝ほんがんじかたつき本願寺肩衝は、南宋時代の唐物肩衝茶入で、本願寺の法灯継承の証である什物。教如上人が所持し、利休も評価した。現在は東本願寺に秘蔵され、非公開。本願寺肩衝は、南宋時代の唐物肩衝茶入で、本願寺の法灯継承の証である什物。教如上人が所持し、利休も評価した。現在は東本願寺に秘蔵され、非公開。
本能寺文琳ほんのうじぶんりん本能寺文琳は、南宋時代の茶入で「唐物茶入中の楊貴妃」と称される。朝倉義景から信長へ渡り、本能寺の変の炎を奇跡的に免れた。その後、中井家、松平不昧へと伝来し、戦国の記憶を宿す至宝。本能寺文琳は、南宋時代の茶入で「唐物茶入中の楊貴妃」と称される。朝倉義景から信長へ渡り、本能寺の変の炎を奇跡的に免れた。その後、中井家、松平不昧...
松島まつしま松島は戦国時代の名物葉茶壺。東山御物で、器表の瘤が特徴。今井宗久から信長に献上され、本能寺の変で焼失。茶の湯文化と政治に影響を与えた。松島は戦国時代の名物葉茶壺。東山御物で、器表の瘤が特徴。今井宗久から信長に献上され、本能寺の変で焼失。茶の湯文化と政治に影響を与えた。
松前肩衝まつまえかたつき松前肩衝は、古瀬戸焼の大名物茶入。その名は蝦夷地との交易に由来か。秋田佐竹家を経て徳川将軍家へ献上され、柳営御物となる。和物ながら唐物と並ぶ価値を持ち、日本の美意識の変遷を象徴する。松前肩衝は、古瀬戸焼の大名物茶入。その名は蝦夷地との交易に由来か。秋田佐竹家を経て徳川将軍家へ献上され、柳営御物となる。和物ながら唐物と並ぶ価値...
松本茄子まつもとなす天下三茄子の一つとされる名物茶入。足利将軍家から織田信長や豊臣秀吉ら歴代天下人を経て伝来した、戦国期の茶の湯が有した政治的・文化的な重要性を示す至宝。天下三茄子の一つとされる名物茶入。足利将軍家から織田信長や豊臣秀吉ら歴代天下人を経て伝来した、戦国期の茶の湯が有した政治的・文化的な重要性を示す...
松屋肩衝まつやかたつき松屋肩衝は、南宋時代の唐物肩衝茶入で、奈良の塗師・松屋家が代々守り伝えた。松永久秀の逸話や、利休・織部・遠州による仕覆の「見立て」が特徴。現在は根津美術館所蔵の重要文化財。松屋肩衝は、南宋時代の唐物肩衝茶入で、奈良の塗師・松屋家が代々守り伝えた。松永久秀の逸話や、利休・織部・遠州による仕覆の「見立て」が特徴。現在は...
三日月みかづき足利義政から三好実休、織田信長へと受け継がれた名物葉茶壺。胴部に大小七つの瘤がある独特の形状を誇り、本能寺の変により織田信長と共に焼失した数奇な運命の名器。足利義政から三好実休、織田信長へと受け継がれた名物葉茶壺。胴部に大小七つの瘤がある独特の形状を誇り、本能寺の変により織田信長と共に焼失した数奇な...
宮王肩衝みやおうかたつき宮王肩衝は、宋代の茶入で、能役者・宮王大夫に由来。朝倉氏、信長、秀吉、家康と天下人の手を渡り、大坂夏の陣の戦功で井伊直孝に下賜され、彦根城博物館に伝わる。宮王肩衝は、宋代の茶入で、能役者・宮王大夫に由来。朝倉氏、信長、秀吉、家康と天下人の手を渡り、大坂夏の陣の戦功で井伊直孝に下賜され、彦根城博物館...
八重垣やえがき戦国の葉茶壺「八重垣」は、信長の「御茶湯御政道」の象徴。本能寺の変で焼失し伝説となる。江戸の瀬戸茶入「八重垣」は、石州が愛用。二つの「八重垣」は、時代の美意識と権力の変遷を映す。戦国の葉茶壺「八重垣」は、信長の「御茶湯御政道」の象徴。本能寺の変で焼失し伝説となる。江戸の瀬戸茶入「八重垣」は、石州が愛用。二つの「八重垣」は...
山名肩衝やまなかたつき山名肩衝は、応仁の乱の山名宗全に由来する古瀬戸茶入。中川宗半が「屑衝」と呼び侘びの精神を宿し、後に加賀藩前田家が金百枚で召し上げ、文化資本として重宝した。山名肩衝は、応仁の乱の山名宗全に由来する古瀬戸茶入。中川宗半が「屑衝」と呼び侘びの精神を宿し、後に加賀藩前田家が金百枚で召し上げ、文化資本として...
りんき壺りんきつぼ古田織部にまつわる葉茶壺「りんき壺」の逸話は、史実を超え、破格の美学と金継ぎに通じる日本の美意識を象徴する物語。戦国時代の茶の湯の熱狂と、破壊から生まれる新たな価値を描く。古田織部にまつわる葉茶壺「りんき壺」の逸話は、史実を超え、破格の美学と金継ぎに通じる日本の美意識を象徴する物語。戦国時代の茶の湯の熱狂と、破壊か...
呂宋壺るそんつぼ呂宋壺は、中国南部で生産され、ルソン島経由で日本へ渡来した葉茶壺。豊臣秀吉が価値を付け一大ブームに。茶の湯の口切りの茶事で重用され、「便器説」の逸話も持つ。呂宋壺は、中国南部で生産され、ルソン島経由で日本へ渡来した葉茶壺。豊臣秀吉が価値を付け一大ブームに。茶の湯の口切りの茶事で重用され、「便器説」の...