最終更新日 2026-06-10

城読み一覧:あ行

「あ行」に属する城:91件

よみ概要
会津新宮城あいづしんぐうじょう会津新宮城は、蘆名氏と新宮氏の百年戦争の舞台。惣領制の矛盾から生じた争いは、新宮氏の滅亡と蘆名氏の戦国大名化を促した。城跡からは国際交易を示す遺...
安芸城あきじょう土佐国安芸城は、安芸平野の要衝に築かれ、安芸氏が土佐七雄として君臨。長宗我部元親の土佐統一戦で最大の障壁となり、安芸国虎は敗れ自刃。安芸城は長宗...
秋月城あきづきじょう秋月城は、戦国の要塞「古処山城」と江戸の藩庁「秋月陣屋」の二つの顔を持つ。秋月氏の興亡と黒田氏の統治を経て、その歴史は黒門や長屋門に刻まれる。高...
芥川城あくたがわじょう戦国期畿内の重要拠点、芥川城は細川高国が築き、三好長慶が天下人の城として機能させた。織田信長も入城し、その歴史的役割を終えた後も、良好な遺構が残...
朝倉城(但馬国)あさくらじょう(たじまのくに)但馬朝倉城は越前朝倉氏の発祥地。鎌倉期に築かれ、承久の乱で衰退するも山名氏被官として存続。土塁と堀切を主体とした「土の城」として中世山城の最終形...
朝倉城(土佐国)あさくらじょう(とさのくに)土佐朝倉城は本山氏が築いた高知県下最大級の要害。長宗我部元親との激戦の末、城主本山茂辰が自焼し撤退。その後も長宗我部氏に利用された可能性も指摘さ...
朝倉山城あさくらやまじょう越前朝倉山城は、朝倉氏の支城として一乗谷防衛網の西の要を担った。城主朝倉景連は文武両道の重臣。朝倉氏滅亡後、一向一揆の抵抗拠点となり、信長軍に攻...
朝宮城あさみやじょう近江朝宮城は、甲賀の純軍事的な山城。畝状竪堀や桝形虎口など先進技術を導入し、甲賀の典型とは異なる。多羅尾氏の広域防衛ネットワークの一翼を担い、甲...
安土城あづちじょう信長が築いた安土城は天主を神殿とする革新的な城で、天下布武の象徴。わずか数年で焼失し「幻の城」となるも、その思想と技術は後世に影響を与え続ける。
安濃津城あのつじょう安濃津城は、伊勢湾の要衝に築かれ、明応地震で壊滅も信包が再興。関ヶ原で焼失するも高虎が徳川の府城として大改修。繁栄と災禍を越え、歴史を刻む。
天霧城あまぎりじょう天霧城は讃岐西部の天空城塞。香川氏が平時の多度津城と使い分ける詰城。堅固な縄張りは自然地形を巧みに利用。香川氏は細川氏被官から自立し、三好・信長...
有岡城ありおかじょう摂津有岡城は、伊丹氏が築き、荒木村重が「惣構え」で大改修。日本最古級の天守を持つ堅城。信長に反旗を翻し、黒田官兵衛を幽閉。約1年間の籠城戦の末に...
安祥城あんしょうじょう安祥城は松平氏の拠点として三河統一の礎を築き、織田・今川との激戦「安城合戦」の舞台。家康の人質交換の地でもあり、清洲同盟で役目を終え廃城。今は史...
飯田城いいだじょう信濃飯田城は、天竜川支流に挟まれた要害に築かれ、交通の要衝として栄えた。武田信玄が改修し軍事拠点化、豊臣政権下で近世城郭へと大転換。幻の天守伝説...
飯野城いいのじょう飯野城は日向国の要衝。島津義弘が26年居城し、シラス台地を活かした堅固な城郭は、木崎原の戦いで寡兵が伊東大軍を破る奇跡を生んだ。義弘を「鬼島津」...
飯野平城いいのだいらじょう飯野平城は岩城氏の拠点として磐城を支配。中世的防御思想と政治・経済・宗教を統合した複合城郭。巧みな外交で勢力を保つも、関ヶ原で東軍に与せず改易。...
飯盛山城いいもりやまじょう飯盛山城は、三好長慶が築きし戦国期広域政権の都。石垣と瓦を多用し、山上に居住空間を設けた革新の城なり。信長の安土城に先駆ける原型にして、畿内支配...
飯山城いいやまじょう飯山城は北信濃の要衝に築かれ、武田・上杉の激戦地。謙信が改修し「龍の牙城」と称された堅固な城は、江戸期には本多氏が統治。地震や戊辰戦争を乗り越え...
伊沢城いさわじょう阿波国伊沢城は鎌倉期に築かれ、戦国乱世を生き抜いた。城主伊沢氏は武士から治水技術者へ転身し、地域に貢献。その記憶は今も地名や伝説に息づく。
胆沢城いさわじょう平安初期、坂上田村麻呂が築いた胆沢城は、古代国家の威信をかけた北の拠点であった。戦国時代にはその役割を終え、新たな支配者たちは別の地を拠点とした...
伊作城いざくじょう伊作城は戦国島津氏揺籃の地。シラス台地の特性を活かした堅固な要害であり、島津忠良と四兄弟の生誕地として「聖地」とされた。国際交易の窓でもあり、そ...
石川城(陸奥国)いしかわじょう(むつこく)津軽の要衝、石川城は南部氏の津軽支配の拠点。大浦為信の奇襲で落城し、津軽氏独立の狼煙となる。その攻防は南部・津軽両氏の因縁を刻んだ。
石塚城(常陸国)いしづかじょう(ひたちこく)常陸石塚城は、佐竹氏一門の拠点として築かれ、那珂川流域の要衝を抑えた。戦国期には大規模改修され、佐竹氏の領国経営を象徴。関ヶ原の戦い後、佐竹氏の...
石塚城(日向国)いしづかじょう(ひゅうがこく)日向国石塚城は、伊東氏の支城として島津氏との攻防の最前線に位置した。伊東氏の興亡と共に歴史を刻み、一国一城令で廃城。その記憶は、戦国時代の激動を...
石部城いしべじょう近江の要衝、石部城は甲賀武士団と六角氏の連携拠点。六角氏が二度籠城し、織田信長に落とされたことで、中世的支配の終焉と近世への転換を象徴する。現在...
石山城いしやまじょう石山城は、浄土真宗本願寺教団の要塞都市であり、信長と11年に及ぶ石山合戦を繰り広げた。鉄甲船や雑賀衆との激戦を経て終結。その跡地には大坂城が築か...
石山本願寺いしやまほんがんじ石山本願寺は、宗教・軍事・経済が一体化した要塞都市で、織田信長と11年間対峙した。その攻防は戦国史に大きな影響を与え、後の大坂城の礎となり、本願...
出水城いずみじょう出水城は、肥薩国境の要衝に築かれ、薩州島津家の本拠として栄えた。瓦葺きの建物や海外交易品が出土し、その繁栄を物語る。廃城後も「人をもって城となす...
伊勢亀山城いせかめやまじょう伊勢亀山城は、関氏が若山城を築き、後に現在の地へ移転。豊臣政権下で岡本宗憲が近世城郭へ大改修。関ヶ原合戦後、城主が頻繁に交代し、天守誤解体事件で...
伊丹城いたみじょう伊丹城は伊丹氏の堅城として築かれ、荒木村重が有岡城と改称し惣構えを構築。信長への反旗で黒田官兵衛幽閉、壮絶な攻防の末落城。戦国の悲劇と革新を刻む...
一宇治城いちうじじょう一宇治城は、薩摩の要衝に築かれ、島津氏の飛躍を支えた。伊集院氏との争奪戦、ザビエルとの会見など歴史の舞台となり、その堅固な構造は、戦国島津の揺籃...
一乗谷城いちじょうだにじょう一乗谷朝倉氏遺跡は、戦国都市が奇跡的に保存された「日本のポンペイ」。朝倉氏が築き、政治・文化・経済の中心として栄えたが、信長に焼き討ちされ滅亡。...
稲葉山城いなばやまじょう"金華山に築かれ斎藤道三が要塞化した美濃の堅城。織田信長が攻略後に岐阜城と改称し、山上天守と山麓居館からなる近世城郭の原型を築いて天下布武の拠点...
稲村城いなむらじょう安房国稲村城は里見氏の重要拠点。一族の悲劇「天文の内訌」の舞台となり、嫡流断絶と廃城を経験。その遺構は戦国前期の築城技術と里見氏の歴史的転換点を...
猪苗代城いなわしろじょう猪苗代城は会津の要衝に築かれ、蘆名氏との相克を経て伊達政宗に内応。摺上原合戦で奥州の覇権を決定づけた。一国一城令の例外として存続し、戊辰戦争で焼...
犬居城いぬいじょう犬居城は、遠江国北部の要衝に位置する国人領主・天野氏の山城。今川・武田・徳川の三大勢力に挟まれ、天野藤秀が武田氏への従属後に大規模改修を施し、武...
犬山城いぬやまじょう犬山城は尾張・美濃国境の要衝に築かれ、織田信康が美濃攻略の拠点とした。信長との攻防、小牧・長久手の戦いでは秀吉軍の前線基地となり、関ヶ原では西軍...
今浜城いまはまじょう今浜城は、佐々木道誉築城伝承を持つ古城。秀吉が長浜城と改め、琵琶湖水運を活かした新時代の拠点とした。天正地震で被災後、徳川幕府により廃城。その部...
伊万里城いまりじょう肥前伊万里城は、鎌倉時代に松浦党の拠点として築かれ、海運を掌握する要衝であった。戦国時代、龍造寺隆信の猛攻により落城し、その歴史的役割を終えた。
岩尾城いわおじょう肥後国矢部の岩尾城は、阿蘇氏の拠点として築かれた天然の要害。甲斐宗運の死後、島津氏の侵攻により幼い当主が脱出。岩尾城は籠城戦なく開城、廃城。
岩付城いわつきじょう武蔵国岩付城は、沼沢地を活かした「浮城」として築かれ、扇谷上杉氏の拠点となる。太田資正が反北条の旗頭として城を死守するが、嫡男の裏切りで北条氏の...
岩出山城いわでやまじょう奥州の要衝、岩出山城は氏家氏が築き、伊達政宗が本拠とした。葛西大崎一揆後の懲罰的移封で入城し、内川開削など近世大名としての礎を築いた。
岩殿山城いわどのやまじょう甲斐の岩殿山城は、聖地から要害へ変貌。天然の要害を活かした難攻不落の山城で、武田氏の東方戦略拠点、情報伝達の要として機能。武田氏滅亡時、小山田信...
岩村城いわむらじょう美濃岩村城は、日本三大山城の一つで「霧ヶ城」の異名を持つ。織田と武田の境目に位置し、女城主おつやの方の悲劇の舞台となった。六段壁の石垣は築城技術...
岩室城いわむろじょう岩室城は紀伊の要衝に築かれ、湯浅党から畠山氏の拠点へ。源平争乱、畠山氏の内紛、秀吉の紀州征伐を経て落城。紀伊の中世から近世への転換を象徴する山城...
岩屋城いわやじょう筑前の要衝、岩屋城は高橋紹運が守る大友氏の最前線。島津の大軍を相手に壮絶な玉砕戦を展開し、豊臣秀吉の九州平定を助けた。その忠義と悲劇は今も語り継...
羽衣石城うえしじょう伯耆国に南条氏が築いた羽衣石城は、尼子・毛利・織田の狭間で激動の歴史を刻んだ。堅固な要塞も関ヶ原で南条氏改易と共に廃城となるが、その記憶は今も地...
上野城うえのじょう伊賀上野城は、平楽寺跡に筒井定次が築城。藤堂高虎が対大坂戦略拠点として大改修し、高さ30mの高石垣を築く。幻の五層天守は倒壊したが、廃城後も再生...
上原城うえはらじょう上原城は諏訪氏の拠点、神官と武士の二面性を持つ一族の興亡を映す。武田信玄の信濃侵攻で落城し、武田氏の統治拠点となる。廃城後も史跡として歴史を伝え...
魚津城うおづじょう越中の要衝、魚津城は上杉・織田の激戦地。天正十年、上杉将兵が本能寺の変を知らぬまま壮絶な最期を遂げた悲劇の舞台。その抵抗は、秀吉の天下取りを間接...
牛岐城うしきじょう阿波国牛岐城は、那賀川河口の要衝に築かれ、安宅氏、新開氏が支配。長宗我部元親の阿波侵攻で新開実綱が謀殺され、長宗我部氏の拠点となる。蜂須賀家政が...
臼杵城うすきじょう臼杵城は、大友宗麟が築いた海上の要塞。南蛮貿易で得た大砲「国崩し」を駆使し、豊薩合戦で島津軍を退けた。江戸時代には陸続きとなり、藩政の中心に。現...
内城うちじょう薩摩島津氏の内城は、貴久が築き三州統一を支えた。簡素な館ながら、詰城との二元構造と外城制度の司令塔として機能。島津氏の広域支配と経済力を象徴し、...
内牧城うちまきじょう肥後の内牧城は阿蘇氏の牙城として築かれ、島津の猛攻に落城。加藤清正が近世城郭へと改修するも、一国一城令で廃城となる。その遺構は今も阿蘇の地に歴史...
宇都宮城うつのみやじょう下野の名城・宇都宮城は、五百年にわたり宇都宮氏が治めし関東の要衝。戦国の動乱を巧みな外交と堅固な城郭で乗り越え、秀吉の「宇都宮仕置」の舞台となる...
宇土城うとじょう肥後の宇土城は、名和氏の中世城と小西行長の近世城が並び立つ。関ヶ原で落城後、加藤清正が改修するも一国一城令で廃城。二つの城が時代の転換を物語る。
鳥峰城うほうじょう戦国時代の美濃金山城は、斎藤道三が築き、森氏三代が治めた要衝。特に森長可の時代に発展し、関ヶ原後に破却された。国宝犬山城天守の移築論争も抱える、...
浦戸城うらどじょう土佐の浦戸城は、本山氏が築き、長宗我部元親が本拠とした海城。関ヶ原の戦い後、浦戸一揆が勃発。高知城築城のため廃城となり、資材は転用された。
海ノ口城うんのくちじょう武田信玄初陣伝説の舞台、海ノ口城。その実像は史料に乏しく、伝説と史実の狭間に揺れる。佐久侵攻の要衝に築かれ、武田氏の信濃支配戦略を物語る要害であ...
江戸城えどじょう江戸城は太田道灌が築き、扇谷上杉氏の戦略拠点として機能。後北条氏の支配下で江戸湾水運を掌握し、対里見氏の最前線となる。小田原征伐後、徳川家康が入...
淡河城おうごじょう播磨淡河城は、北条氏の血を引く淡河氏の居城。三木合戦で別所氏に与し、羽柴秀長を「牝馬の奇策」で退けるも、戦略的撤退で自ら城を放棄。近世城郭化され...
尾浦城おうらじょう庄内の要衝、尾浦城は大宝寺氏の拠点として栄えるも、最上義光の謀略で義氏が自刃。上杉・最上氏の庄内争奪戦の中心となり、十五里ヶ原の戦いの舞台に。一...
大垣城おおがきじょう美濃の要衝、大垣城は水城として築かれ、戦国期には氏家氏が総構えを完成。豊臣秀吉も「大事のかなめの城」と評し、関ヶ原合戦では西軍本営となる。戦災で...
大口城おおぐちじょう大口城は、薩摩・大隅・日向の三国が接する南九州の要衝。平安末期に築かれ、戦国期には菱刈・相良・島津氏による熾烈な争奪戦の舞台となり、南九州の勢力...
大坂城おおさかじょう"石山本願寺の跡地に豊臣秀吉が築いた天下統一の拠点。大坂の陣で豊臣家が滅亡したのち、徳川幕府が旧遺構を完全に埋め立てて新たな城を再築した史跡。"
大洲城おおずじょう伊予肱川畔の大洲城は、宇都宮氏の地蔵ヶ岳城に起源。戦国期に城主が交代し、藤堂高虎が近世城郭の基礎を築き、脇坂安治が天守を完成。明治に解体されるも...
太田城おおたじょう常陸太田城は、佐竹氏五百年の歴史を刻む本拠。舞鶴城の別名を持ち、山入の乱や北条・伊達との死闘を経験。巨大な堀が発掘され、戦国大名佐竹氏の飛躍と城...
大田原城おおたわらじょう大田原城は下野国那須郡の要衝に築かれ、大田原資清が下克上を成し遂げた拠点。複雑な縄張りで鉄壁の守りを誇り、関ヶ原の戦いでは徳川方の最前線基地とな...
大館城おおだてじょう陸奥大館城は、岩城氏の本拠として南奥羽に栄華を誇るも、関ヶ原合戦後の改易で主を失う。徳川幕府の命で磐城平城が築かれ廃城となるが、その痕跡は今も残...
大溝城おおみぞじょう近江の要衝、大溝城は織田信澄が築き、明智光秀が縄張りを担当した水城。本能寺の変で信澄は悲劇的な最期を遂げ、城主は目まぐるしく交代。廃城後、分部氏...
大村城おおむらじょう大村城(玖島城)は、初代大村藩主・大村喜前が築城した海城。戦国末期の築城技術と近世的統治思想を融合させ、大村氏が激動の時代を乗り越え、約270年...
大森城おおもりじょう大森城は福島盆地の要衝に位置し、伊達氏の内乱「天文の乱」の舞台。伊達政宗の奥州統一を支え、人取橋・摺上原の戦いの策源地となる。豊臣・上杉氏を経て...
大除城おおよけじょう大除城は伊予と土佐の国境を守る要塞。大野氏三代が城主を務め、土佐からの侵攻に抗戦。特に笹ケ峠合戦で壊滅的打撃を受け、豊臣秀吉の四国征伐で開城。戦...
岡崎城おかざきじょう徳川家康生誕の地であり三河統一の拠点。嫡男・信康自刃の悲劇を経て、豊臣系大名・田中吉政の改修により天守や最新の石垣を擁する近世城郭へと生まれ変わ...
岡城おかじょう豊後岡城は難攻不落の要塞。志賀親次が島津の大軍を撃退し、中川氏が総石垣の近世城郭へ大改修。廃城後、瀧廉太郎『荒城の月』の着想源となり、今も歴史を...
岡山城おかやまじょう烏城岡山城は宇喜多直家が礎を築き、秀家が豊臣系近世城郭として大改築。関ヶ原で秀家は失脚し、小早川、池田氏が統治。戦災で焼失も、市民の熱意で再建さ...
翁山城おきなやまじょう備後翁山城は、石見銀山街道を抑える要衝。毛利・尼子狭間で長谷部氏が築いた全山要塞。長谷部元信は毛利氏の武将として活躍。関ヶ原後、主家に従い萩へ移...
岡豊城おこうじょう岡豊城は、長宗我部元親が土佐統一、四国制覇を成し遂げた本拠。畝状竪堀群など先進技術を誇るも、豊臣秀吉の前に廃城。今は史跡として、長宗我部氏の栄枯...
長船城おさふねじょう備前長船城は、日本刀の聖地・長船派の工房兼居館。足利尊氏から屋敷を賜り、刀工集団の生産拠点として栄える。戦火と天正の大洪水で壊滅し、産業と共に静...
忍城おしじょう沼沢地を堀として活用した構造から浮き城と称された成田氏の本拠地。小田原征伐では石田三成による水攻めを耐え抜き不落の伝説を築いた要害。
小高城おだかじょう陸奥の小高城は相馬氏の拠点として270年栄え、伊達政宗との激戦を耐え抜いた。秀吉の奥州仕置で安堵されるも、中村城へ移転し廃城。今も相馬野馬追の聖...
尾高城おだかじょう伯耆国の要衝、尾高城は行松氏が築き、尼子・毛利氏の争奪戦の舞台に。杉原盛重が統治し、土の城から石の城へと変貌。関ヶ原後、米子城築城に伴い廃城とな...
小田城おだじょう常陸小田城は、八田知家が築き、北畠親房が『神皇正統記』を執筆した南朝の拠点。戦国期には「常陸の不死鳥」小田氏治が何度も落城と奪還を繰り返し、不屈...
小谷城おだにじょう北近江の要衝、小谷城は浅井氏三代の居城として栄え、信長包囲網の激戦地となる。堅固な山城も兵糧攻めに屈し落城。浅井氏は滅びるも、その悲劇は今も語り...
小田原城おだわらじょう小田原城は、後北条氏が百年をかけ築き上げた難攻不落の巨城。秀吉の前に戦わずして開城した悲劇は、時代の変化と戦略の限界を映す、戦国史の象徴なり。
小手森城おでもりじょう小手森城は伊達政宗の「撫で斬り」の舞台。狭小な城に多数が籠城し、交渉決裂後800余名が犠牲に。この事件は周辺大名に恐怖を与え、畠山義継の暴発と輝...
音羽城おとわじょう近江音羽城は、蒲生氏初期の本拠。堅固な山城として六角氏の危機を救うも、内紛で落城し、日本史上初期の「城割」を経験。蒲生氏郷の祖先が日野菜を発見し...
尾山御坊おやまごぼう尾山御坊は加賀一向一揆の拠点。守護を打倒し「百姓の持ちたる国」を築く。織田信長に攻められ落城後、金沢城として改修され、加賀百万石の礎となった。
小山城おやまじょう小山城は名門小山氏の拠点、戦国期には北条氏の支配下へ。関ヶ原前「小山評定」の舞台となり、幕府成立の礎となる。廃城後も史跡として記憶される。
尾山城おやまじょう尾山城は、加賀一向一揆の拠点尾山御坊を前身とし、佐久間盛政が築城。前田利家が「尾山城」と改称し、高山右近の指導で近世城郭へと大改修。
小弓城おゆみじょう小弓城は下総の要衝、原氏の拠点。足利義明が「小弓公方」を称し関東の中心となるも、国府台合戦で北条氏に敗れ滅亡。原氏復帰後も小田原征伐で廃城。南北...