最終更新日 2026-06-11

武将読み一覧:や

「や」に属する武将:102件

武将よみ概要
八柏道為やがしわみちため小野寺氏の重臣。家中随一の知将として最上義光の侵攻を阻むが、義光の離間策を信じた主君・小野寺義道に横手川で謀殺され、主家滅亡を招いた悲運の出羽の...
八木豊信やぎとよのぶ但馬国の国人領主。織田氏の侵攻に対して一時抗戦するも降伏し、豊臣秀吉の因幡鳥取城攻めや若桜鬼ヶ城主として活動した激動の時代の城主。
八木直信やぎなおのぶ八木直信は但馬山名家臣で、織田信長の中国遠征軍に降伏し、羽柴秀吉の因幡侵攻作戦に従い若桜鬼ヶ城の守備についた。その後失脚するも、九州の島津家で文...
柳生家厳やぎゅういえよし柳生家厳は戦国大和の国人領主。守護不在の混乱期、新興勢力に巧みに追随し、柳生家の存続と発展に尽力。嫡男宗厳が剣豪となる礎を築き、柳生家繁栄の設計...
柳生十兵衛やぎゅうじゅうべえ柳生十兵衛三厳は、史実では兵法理論家。伝説では隻眼の隠密剣士として描かれ、その空白の生涯が創作の源となり、講談や小説で国民的英雄となった。
柳生厳勝やぎゅうとしかつ柳生厳勝は石舟斎宗厳の嫡男。辰市城で負傷し武将の道を絶たれるも、新陰流の皆伝印可を受け道統を継承。彼の死後、柳生一族は尾張・江戸柳生に分立。柳生...
柳生兵庫助やぎゅうひょうごのすけ柳生兵庫助利厳は、柳生新陰流の正統継承者。祖父石舟斎の純粋培養で剣技を磨き、尾張柳生の礎を築く。叔父宗矩とは対照的に武芸の純粋性を追求し、剣術革...
柳生宗章やぎゅうむねあき柳生宗章は柳生宗厳の四男。徳川家康の仕官を断り武者修行。小早川秀秋に仕え関ヶ原に参陣。その後、横田村詮の客将となり、米子騒動で恩義に殉じ壮絶な討...
柳生宗矩やぎゅうむねのり柳生宗矩は剣豪でありながら、徳川家康・秀忠・家光の三代に仕え、初代大目付となり大名にまで出世した。剣術を治国の哲学に昇華させ、泰平の世における武...
柳生宗厳やぎゅうむねよし柳生宗厳は戦国時代の剣術家。剣聖上泉信綱から新陰流を学び、「無刀取り」「活人剣」を確立。徳川家康に兵法を披露し、五男宗矩を推挙。柳生新陰流の祖と...
薬師寺長忠やくしじながただ薬師寺長忠は摂津守護代。永正元年、兄・元一の反乱を鎮圧し摂津を掌握。永正4年、主君・細川政元を暗殺し澄之を擁立するが、澄元・高国連合軍に敗れ、遊...
薬師寺元一やくしじもとかず摂津守護代。細川政元の重臣。後継者問題を巡り淀城で挙兵。自害時の辞世に込めた主君への痛烈な皮肉は、下剋上の到来を象徴。一の字への拘りと美学を貫い...
薬師寺元長やくしじもとなが薬師寺元長は細川京兆家の摂津守護代。応仁の乱で武功を挙げ、摂津を強圧的に統治し「京兆専制」を支えた。しかし、彼の死後、後継者たちが細川家の内紛に...
薬丸兼将やくまるかねまさ肝付氏の重臣、薬丸兼将は「鶴の羹」逸話で知られる。主君追放や島津氏への服属交渉を主導し、家存続のため非情な決断を下した冷徹なリアリスト。
矢沢頼綱やざわよりつな真田幸隆の弟、矢沢頼綱は真田一族の重鎮。武田氏に仕え、武田氏滅亡後は甥・真田昌幸の沼田城代として、第一次上田合戦で北条軍を寡兵で撃退し、真田家の...
矢沢頼康やざわよりやす真田昌幸の従兄弟。矢沢頼綱の嫡男として真田氏を支えた重臣。神川の戦いなどで鬼神の如き武勇を示し、沼田領を巡る後北条氏との激戦では沼田城を守り抜い...
屋代景頼やしろかげより伊達政宗の家臣・屋代景頼は、没落名家再興のため政宗の「影」として汚れ役を担い国家老に。政宗の不興を買い改易され流浪の末に病死。主従関係の本質を示...
屋代勝永やしろかつなが戦国・江戸初期の武将。信濃国衆。武田、織田、上杉と主家を転々としたが、最終的に徳川家康に帰従。関ヶ原などで活躍し、近世の譜代大名として生き残りを...
屋代政国やしろまさくに屋代政国は信濃の国衆。村上義清の重臣だったが、武田信玄に降伏し、川中島の戦いの引き金となる。子孫は徳川家で大名となるも、万石騒動で改易され旗本と...
矢島満安やじまみつやす矢島満安は出羽由利郡の国人領主「由利十二頭」の一人。宿敵仁賀保氏の当主を三代にわたり討ち取るなど豪勇を誇った。最上義光の謀略で孤立し、舅の潔白を...
安井定次やすいさだつぐ安井定次は河内土豪出身で、織田・豊臣政権下で大坂城築城に貢献。息子道頓が道頓堀を開削し、安井家は近世大坂の都市行政を担うエリートとなった。
安井道頓やすいどうとん道頓堀開削者・安井道頓は平野郷の成安道頓。秀吉に仕え、大坂城築城で功績。私財で道頓堀を開削中、大坂の陣で戦死。道卜らが継承し、道頓堀は大阪ミナミ...
弥助やすけ弥助は16世紀に日本に来たアフリカ人。織田信長に仕え、本能寺の変で奮戦。信長に寵愛された異色の存在だが、その身分や後半生は謎に包まれている。
安田顕元やすだあきもと安田顕元は上杉謙信に仕え、御館の乱で景勝を勝利に導くも、恩賞問題で苦悩し自害。彼の死は新発田重家の乱を引き起こし、上杉氏の国力消耗を招いた。
安田景元やすだかげもと戦国期の越後国の武将。長尾為景に従い上条定憲の乱で活躍。上杉謙信の代には、同族である北条高広の謀反を未然に告発して上杉家の危機を救うなど、忠義を...
安田作兵衛やすださくべえ安田作兵衛は本能寺の変で信長に一番槍、森蘭丸を討ったとされる猛将。明智家滅亡後、流浪の末に旧友・寺沢広高に仕え、唐津で晩年を過ごした。
安田長秀やすだながひで戦国期の越後国の武将。大見安田氏の当主。上杉謙信の側近として第四次川中島の戦いで血染めの感状を得た。刈羽郡の毛利安田氏とは出自を異にする蒲原郡の...
安田能元やすだよしもと安田能元は上杉謙信の家臣で、兄の自害後、御館の乱や新発田重家の乱で武功を挙げ「跛上総」と称された。会津三奉行として活躍し、米沢藩の基礎を築いた。
安富純治やすとみすみはる肥前深江城主。有馬氏外戚だが龍造寺隆信に降伏し、沖田畷の戦いで戦死。子孫は鍋島藩家老を歴任する名門となり、鎌倉以来の家名を伝えた肥前の国人領主。
安富純泰やすとみすみやす戦国肥前の安富純泰は、有馬氏から龍造寺氏へ帰順。深江城で島津軍を撃退。沖田畷で主君隆信戦死後、深江に改姓し鍋島藩士として存続。一族の存続を優先。
安富元家やすとみもといえ安富元家は細川政権の家宰。明応の政変で将軍廃立を主導し、政務を代行。事実上の最高権力者となるが、永正の錯乱前に死去。細川政権崩壊の遠因に。
安富盛方やすとみもりかた讃岐の安富盛方は細川氏被官から戦国豪族へ。雨滝城を拠点に武・富・文で勢力拡大したが、三好・長宗我部氏と対立し雨滝城落城で没落した。
安見勝之やすみかつゆき戦国末期から江戸初期を生きた砲術家・安見勝之。豊臣家臣から関ヶ原で没落後、砲術の腕で加賀藩に再仕官。子の元勝との対照的な生涯は武士の生存戦略を示...
安見直政やすみなおまさ河内国の戦国武将、安見宗房(直政)。畠山氏の重臣として権勢を振るい、主君を追放。三好氏と争い、織田信長に帰順。下剋上を体現した生涯。
安見信国やすみのぶくに戦国中・後期の河内国の国人領主。安見右近と称す。守護畠山氏に仕えたが、三好氏や松永久秀、織田信長ら巨大勢力の権力闘争に翻弄され、最後は久秀に殺さ...
矢田野義正やたのよしまさ矢田野義正は二階堂家臣。郡山合戦で伊達将を討ち、主家滅亡後も大里城で伊達政宗の大軍を退けた。佐竹氏に仕え、秋田で晩年を過ごした不屈の武将。
谷田部通直やたべみちなお戦国時代の武将。常陸江戸氏家臣。天正十八年の佐竹氏による水戸城侵攻の際、最前線の勝倉城を守備。佐竹義重の軍勢と激戦を展開したが、奮戦虚しく討死し...
矢田七郎左やだしちろうざ矢田七郎左は因幡荒神山城主。尼子方から毛利方へ転じ、織田軍と戦うも落城。その後、商人として成功したという伝承があるが、史料的裏付けは乏しい。
柳川調信やながわしげのぶ柳川調信は対馬宗家の家老。朝鮮出兵後の日朝国交回復のため国書を偽造し、対馬を救う。その功績は柳川一件の遠因となり、幕府の外交管理強化に繋がった。
柳沢元政やなぎさわもとまさ柳沢元政は公家出身の武将。足利将軍家、毛利家、豊臣家と主君を変え、石見銀山奉行などを歴任。関ヶ原後は毛利家に帰参し、長州藩士として隠居。俊龍寺を...
柳原戸兵衛やなぎはらとへえ柳原戸兵衛は伊達政宗に仕えた黒脛巾組の頭領。羽黒修験の出身とされ、畠山領への潜入や摺上原の戦いで活躍。政宗の覇業を支えた影の指揮官だが、その詳細...
柳本賢治やなぎもとけんじ戦国初期の武将。波多野氏の出身。細川高国の命で柳本家を継ぐ。後に反逆し桂川原の戦いで高国を駆逐、堺公方府の重鎮として畿内を掌握するも播磨で暗殺さ...
簗田詮泰やなだあきやす簗田詮泰は奥州斯波氏の有力家臣。主家の衰退と南部氏の調略に応じ、岩清水義教と共謀し反乱。斯波氏滅亡後、南部氏に仕え千石を与えられた現実主義者。
簗田高助やなだたかすけ簗田高助は古河公方の宿老。永正の乱で父と対立し家督を継承。関宿城を拠点に後北条氏と外交するも河越合戦で敗北。隠居後も影響力を持った。
簗田藤左衛門やなだとうざえもん簗田藤左衛門は戦国から江戸初期の会津で活躍した豪商。支配者交代を乗り越え、経済を掌握。塩の輸入と特産品輸出の物流網を築き、その地位は子孫に継承さ...
簗田晴助やなだはるすけ戦国時代の下総関宿城主。古河公方の筆頭重臣。後北条氏の勢力拡大に対し、上杉謙信と結んで激しく抵抗し、関東の独立と伝統権威を守るために闘い抜いた老...
簗田政綱やなだまさつな簗田政綱は尾張の在地領主で、桶狭間の戦いで今川義元の本陣情報を信長に伝え「戦功第一」と賞賛された。沓掛城主となるも、加賀一向一揆鎮圧に失敗し失脚...
簗田持助やなだもちすけ戦国期の古河公方重臣。簗田晴助の子。父と後北条氏に抗い関宿合戦を戦うも敗れ関宿城を失う。のちは屈服し足利義氏に仕えるが、主家断絶や一族の内紛の中...
矢作重常やはぎしげつね矢作重常は葛西氏家臣で外館城主。浜田兵乱鎮定に貢献し、気仙郡の旗頭となる。しかし、主家葛西氏が豊臣秀吉の奥州仕置で改易され、葛西大崎一揆鎮圧の過...
山内一豊やまうちかつとよ山内一豊は戦国武将。織田・豊臣・徳川に仕え、土佐藩初代藩主。妻・千代の内助の功で知られ、関ヶ原の功績で土佐を拝領、高知城を築き藩政を確立。
山内隆通やまうちたかみち戦国期の備後の国人領主。多賀山氏より山内宗家を継承。大内、尼子、毛利の大勢力が交錯する備後で地盤を守り、最後は毛利元就に臣従して一族の存続を成し...
山内忠義やまうちただよし江戸初期の土佐藩二代藩主。山内一豊の甥。一豊の死後に家督を継ぎ、反乱勢力で脆弱だった土佐の支配を安定化。野中兼山を登用した改革で藩政の基礎を築い...
山内康豊やまうちやすとよ戦国から江戸初期の武将。山内一豊の弟。土佐中村二万石の領主。新領地土佐の武力平定や、藩政黎明期の管理を支えた山内家「共同創業者」とも言うべき重臣...
山浦景国やまうらかげくに信濃村上氏嫡男・山浦景国は武田信玄に故郷を追われ、上杉謙信の養子に。御館の乱で活躍し海津城代となるも、部下の裏切りで失脚。会津移封後、京都で死去...
山岡重長やまおかしげなが戦国・江戸初期の武将。伊達氏の重臣。初名は小成田総右衛門。輝宗・政宗の二代に仕え、軍監察や外交交渉、藩政運営などの実務で卓越した能力を示し主家を...
山川氏重やまかわうじしげ山川氏重は下総の国人領主で、水運を掌握し経済力を築いた。北条氏と上杉氏の狭間で親上杉・反北条を貫き、豊臣政権下で独立大名に。改易後も家名を存続さ...
山川伝右衛門やまかわでんえもん山川伝右衛門は戦国時代の備前福岡の商人。騎馬を所有し、広域輸送と武家との関係を持つ経済人。福岡は衰退したが、彼の記憶は福岡市の名に残る。
山川朝貞やまかわともさだ戦国から江戸初期の武将。下総の名門山川氏当主.後見人の改易を経て主君・結城秀康に随行し越前で一万七千石を拝領。大坂の陣で功を立て福井藩の重臣とし...
山川直貞やまかわなおさだ戦国期の武将。結城一門の下総山川氏の出身。海老島合戦に参加したと伝わる。山川氏は結城四天王の一つであり、単なる家臣を超えた同盟者に近い立場で宗家...
山川晴重やまかわはるしげ戦国期の下総国の国人領主。山川氏重の子。結城一門として宗家晴朝を補佐し、佐竹氏らと連携して後北条氏の執拗な侵攻に抵抗。終始一貫して反北条の立場を...
山県昌景やまがたさぶろうびょうえのじょうまさかげ戦国時代の武将。武田四天王の一人。兄・飯富虎昌の赤備え部隊を継承し各地で活躍。三方ヶ原の戦いで徳川軍を敗走させたが、長篠の戦いで銃撃を受け戦死し...
山上道及やまがみどうきゅう山上城主から佐野四天王の一人へ。首供養の逸話を持つ猛将。佐野家騒動後は秀吉に仕え惣無事令の使者や関東絵図作成で暗躍。後に上杉景勝の客将となった流...
山口重政やまぐちしげまさ戦国・江戸初期の武将で常陸牛久藩主。徳川家康に仕え大名となるが、嫡男の婚姻問題で改易。大坂夏の陣で奮戦して許され、後に大名として奇跡の復活を遂げ...
山口教継やまぐちのりつぐ山口教継は織田信秀の重臣から今川義元に寝返り、赤塚の戦いで信長と互角に戦った。今川方の先鋒として活躍するも、信長の謀略で義元に誅殺された悲運の智...
山口弘定やまぐちひろさだ山口弘定は尾張山口氏の出身で、父・宗永の豊臣家への恩義と名誉回復のため、大坂夏の陣で木村重成隊に加わり奮戦。若江の戦いで討死し、豊臣家への忠義を...
山口宗永やまぐちむねなが山口宗永は豊臣秀吉の能吏で、太閤検地で「玄蕃縄」と称された。小早川秀秋の傅役を務めるも対立し独立大名に。関ヶ原で西軍に与し、大聖寺城で壮絶な最期...
山崎家治やまざきいえはる江戸初期の技術官僚大名。大坂の陣での戦功後、大坂城再築や天草復興に従事。讃岐丸亀藩主となると丸亀城の大改修に着手し、日本一の高さを誇る石垣を築き...
山崎家盛やまざきいえもり山崎家盛は関ヶ原で西軍に属しながら、徳川家康の娘を保護し内通。戦後、異例の加増転封で因幡若桜藩主となり、山崎家の繁栄の礎を築いた知将。
山崎片家やまざきかたいえ山崎片家は六角、織田、明智、豊臣と主君を変え大名に。本能寺の変を乗り越え、子孫は無嗣改易から奇跡的に大名・華族へ。乱世を生き抜いた慧眼の武将。
山崎定勝やまざきさだかつ戦国・江戸初期の武将。豊臣秀吉に仕え伊勢一万石の大名となる。関ヶ原の戦いで西軍に属し改易されるが、後に大坂の陣で豊臣秀頼に再仕官し、豊臣家に殉じ...
山崎長徳やまざきながのり山崎長徳は朝倉・明智・柴田と主家滅亡を三度経験。賤ヶ岳の戦いを生き延び、前田家に仕え関ヶ原で大功。加賀藩重臣として家名を確立した。
山崎彦七やまざきひこしち戦国期の陸奥国伊達郡の国人領主。山崎城主。伊達氏の内乱である天文の乱において伊達晴宗方に属し、過酷な乱世の狭間で一族の存続と本拠地山崎の保全に努...
山崎吉家やまざきよしいえ戦国期の武将。越前の大名朝倉氏の宿老。浅井氏救出の退却戦である刀禰坂の戦いで、主君義景を逃すため死を覚悟し殿軍を志願。織田軍と交戦し、奮戦の末に...
山下長就やましたながなり戦国期の武将。大友義鑑や宗麟の二代にわたり、国政の最高幹部である加判衆を務めた。軍馬や鉄砲の取引にも関与し、軍事・経済の両面から大友氏の全盛期を...
山科言継やましなときつぐ戦国期の公家。山科家当主。医術や有職故実の深い知識と広範な武家との人脈を駆使し、朝廷の財政危機を救うべく奔走した。第一級史料となる『言継卿記』を...
山路正国やまじまさくに戦国期の武将。神戸氏や柴田勝家に仕える。賤ヶ岳の戦いにおいて、羽柴方から勝家方へ寝返り奇襲作戦を献策したが、激闘の末に羽柴軍の猛攻に遭い討死した...
山田有栄やまだありなが島津家重臣・山田有栄は、関ヶ原で義弘を救い「黄金の鞘」逸話で武勇と機知を示す。出水地頭として「出水兵児」を育成し善政を敷く。文武両道に秀でた長寿...
山田有信やまだありのぶ山田有信は島津家の忠臣。二度の高城籠城戦で大友・豊臣の大軍を退け、主君義久の病に身代わりを願う。秀吉の誘いを固辞し、忠義を貫いた猛将。
山田匡得やまだきょうとく山田匡得は日向伊東氏の忠臣。主家没落後も「二君に仕えず」の忠節を貫き、豊薩合戦で智将として活躍。伊東家再興に貢献し、飫肥藩で「軍神」と称された。
山田重直やまだしげなお伯耆国の有力な国人領主。堤城主。当初は山名氏に仕え、のちに毛利氏の配下として尼子氏と戦い、一族の再興と領国の奪還に生涯を捧げた不屈の戦国武将。
山田長政やまだながまさ江戸初期にシャムへ渡った国際的風雲児。朱印船貿易に乗じてアユタヤ王朝へ渡り、日本人義勇隊を率いて活躍し最高位の貴族に就任。後に地方太守となるが毒...
山名氏兼やまなうじかね山名氏兼は美作の国人で、神楽尾城主。尼子氏の侵攻で城を追われるも、宿敵原田忠長を討ち復帰。しかし宇喜多直家の台頭で再び没落し、その後の消息は不明...
山中鹿之介やまなかしかのすけ戦国期の武将。尼子氏の家臣で本名は幸盛。三日月に七難八苦を祈った逸話で知られる。織田信長らと連携して尼子氏再興に奔走したが、毛利氏に敗れ非業の最...
山名祐豊やまなすけとよ戦国期の守護大名。但馬山名宗家の最後の当主。毛利氏と織田氏の勢力拡張や領内国人衆の離反に挟まれ苦闘。最後は織田信長の但馬侵攻に屈し、名門山名氏は...
山名宗全やまなそうぜん山名宗全は室町時代の守護大名。嘉吉の乱で功を挙げ「六分一殿」の勢力を再興。細川勝元と対立し応仁の乱の西軍総大将となる。乱の終結を見ず70歳で病没...
山名禅高やまなとよくに山名禅高(豊国)は因幡守護。尼子・毛利・織田の狭間で裏切りと降伏を重ね、家臣に追放されるも、徳川の世で旗本として家名を存続させた。
山名豊定やまなとよさだ戦国期の守護大名。但馬守護山名祐豊の弟。因幡守護家の断絶に伴い因幡守護となり同国を統治。尼子氏の侵攻など厳しい情勢の中で、兄の但馬宗家を支え続け...
山名豊弘やまなとよひろ山名豊弘は因幡守護山名氏の一族で、武田高信に擁立された。永禄7年戦死説は誤りで、天正8年まで生存。武田高信滅亡後、山名豊国と和解し、乱世を巧みに...
山名豊頼やまなとよより山名豊頼は兄を殺害し因幡守護を簒奪。但馬宗家の支援を得るも、甥との内戦で国は混乱。その行動は戦国下剋上を象徴し、因幡山名氏滅亡の遠因となった。
山名誠豊やまなのぶとよ戦国初期の但馬山名氏当主。家臣団の離反や下剋上の風潮、さらに尼子氏や赤松氏ら周囲の脅威に直面。一族内の対立を抱えつつ、衰退期の山名氏を支えるため...
山名誠通やまなのぶみち戦国期の因幡山名氏当主。但馬の守護大名山名祐豊による支配からの独立を図り挙兵。しかし、祐豊の但馬軍の猛攻に遭い大敗。最後は戦死し、因幡山名家は一...
山名政豊やまなまさとよ室町・戦国期の守護大名。山名宗全の孫。応仁の乱後、衰退に向かう家門を統率。播磨の領国回復や領内国人衆の自立化抑制に奔走したが、支配体制の解体を防...
山名致豊やまなむねとよ戦国期の守護大名。但馬山名氏当主。一族の内紛や家臣の垣屋氏らによる下剋上の動きに直面。権力を失い、家臣団の離反によって当主の座を追われ失意の中で...
山内直通やまのうちなおみち戦国期の備後の国人領主。大内氏や尼子氏、台頭する毛利氏ら巨大勢力に挟まれた境界にあって、巧妙な外交や婚姻政策を駆使しながら一族の独立と存続を図っ...
山村良勝やまむらよしかつ戦国・江戸初期の武将。山村良候の長男。妻籠城の戦いで徳川軍を撃退。主家改易後は家康に召し出され関ヶ原で活躍し、二代木曽代官となって福島関所の関守...
山村良候やまむらよしとき戦国・江戸初期の武将。信濃木曽氏の重臣。武田信玄より飛騨攻めの武功で直接感状を受ける。関ヶ原の戦いでは徳川家に味方し、世襲の近世木曽代官山村家の...
山村良利やまむらよしとし信濃国の国人領主。山村良候の嫡男。当初は木曽氏に仕えるも、のちに武田信玄の家臣となり、木曽谷の統治や織田氏との外交で活動した戦国武将。
山本勘助やまもとかんすけ山本勘助は武田信玄の軍師。実在は長年議論されたが、古文書で「山本菅助」の実在が判明。隻眼・片足不自由の容姿で、築城術や啄木鳥戦法を献策し、川中島...
山本寺定種やまもとじさだたね山本寺定種は越後上杉氏一門。永正の乱で主君房能に殉死。子孫は謙信に仕え、魚津城で壮絶な最期を遂げた者もいるが、米沢藩士として家名を存続させた。
山吉景長やまよしかげなが上杉景勝の忠臣。領地半減の逆境を乗り越え、御館の乱で旧領三条城を奪還。新発田の乱で最前線の木場城を死守し、佐渡や小田原へも転戦して終生主家を支え...
山吉豊守やまよしとよもり戦国期の越後の武将。上杉謙信の最側近として加判衆を務めた。主君の意思伝達や外交実務を担い、謙信の越中出陣の際には春日山城の留守居を任された謙信の...
山吉政久やまよしまさひさ戦国期の越後の武将。山吉氏当主。主君の長尾為景に従い、越後における長尾氏と上条上杉氏の対立や家中の内紛で活躍し、一族が謙信の重臣として台頭する基...